【BARKS編集部レビュー】FitEar TO GO! 334は、何を失い何を手に入れたのか?

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近年、ヘッドホン/イヤホン周りは新しい技術や斬新な構造をもち、これまでの常識を吹き飛ばすような興味深い新製品が続々と登場している。完成度の高いハイブリッド構造もダイナミック・ドライバーのマルチ化も、そんな新機軸の一端だ。

◆FitEar TO GO! 334画像

ただし究極のイヤホンを手にしようとすれば、おのずと自分の耳の形にフィットさせたカスタムIEMの世界に突入してしまうこともやはり自明の理だ。何より遮音性とフィット感がパーフェクトという時点で、一般的にカナル型イヤホンに求められる「遮音性」「装着感」「音質」という3大要素のふたつを完璧にクリアしてくれている。残る音質に関しても、設計自由度が大きくドライバー搭載にも物理的制約が小さいカスタムIEMは、市販モデルとは比較にならない素晴らしいサウンドクオリティーを着実に提供してくれる。

▲FitEar TO GO! 334。FitEarのハイエンドカスタムIEMであるMH334をユニバーサル化したモデルとして登場。希望小売価格105,000円(税込)という高級イヤホンだ。

▲ユニバーサルモデルといえど、形状が決まっているだけでひとつひとつ手作りである点はカスタムIEMとなんら変わらない。品質の高さも担保されている。

▲色はブラックのみ。角度によっては仲睦まじい2頭のオットセイに見えたり見えなかったり。

▲カスタムIEMには、ドライバーのセッティングや音導管の設計などには多くの特許で保護されている機構があるという。今回FitEarは純チタン製のダイレクトHFチューブを用いて独自設計のステム構造を開発、特許申請をもって、FitEar TO GO! 334のサウンドを生み出している。

▲3ウェイの音導孔があるにもかかわらず、ステム径はスリム。コンプライなど適合する他社製イヤーチップも使用可能だ。

そんな状況下、日本国内におけるカスタムIEMの雄、FitEarがカスタムではないFitEar TO GO! 334なるモデルをリリースした。いわゆるユニバーサルモデルといわれるもので、一般市販品同様、特定の人に合わせたカスタムではなく、だれにでもフィットする汎用型というものだ。長年にわたりアーティストのモニタリングやオーディオマニアのリスニングアイテムを高品質に提供し続けてきた国内随一のカスタムIEMブランドが、何故に今、ユニバーサルを作ったのか。知りたいのは、カスタムIEMと比較し、「何を失い」「何を手に入れ」果たして「どんな魅力を勝ち取った」のか、である。

もちろん一番の目的は、「耳型(インプレッション)採取の必要なくFitEar MH334を提供する」というものだろう。カスタムIEMを複数所有しているようなジャンキーお兄さんであれば耳型採取も慣れたものだろうが、実は耳型を採取してくれる補聴器店は全国にさほど多くない。地方にとっては耳型採取は非常に困難で、むしろ行動圏内で耳型が採れる人のほうが圧倒的に少ないときく。

そんな状況下であるから、耳型を送ることなくカスタムIEM同等の高品質サウンドが手に入るモデルとなれば、触手が動く人は想像以上に多いような気もするし、カスタムと違って売却のしやすさも、購入の敷居を下げてくれることだろう。実際にFitEar TO GO! 334を手にし、聞き込み使い込んでわかったことは、やはりまぎれもなくカスタムIEMの品質のまま、誰の耳にもフィットするように工夫された、ある意味世界で初めてのユニバーサル形状カスタムIEMであるという実感だ。

まずは「遮音性」と「装着感」に関し、MH334とFitEar TO GO! 334を比較してみよう。カスタムIEMの中でも世界レベルでフィット感の良さを誇るFitEarだけに、MH334の遮音性と装着感は極上だ。本当にフィットが完璧だと実は口を開けたくらいでは遮音性は落ちないもので、私の場合MH334がまさにこの状態にある。ただ、それでも口を開けるよりも外耳から耳介にかけて変形を生じる「眉を上げる動き」をすると、外音が漏れてくる。

その点、FitEar TO GO! 334の遮音性は、イヤーチップという柔軟性のある素材が使われているだけに、適正サイズできちんとフィットさえさせれば、口を上げても眉を上げても形状変化に追従し、遮音はしっかりキープされる。この点はMH334より優れているところだ。

一方でケーブルや体内部を伝わって響く歩く時の物理ノイズや、骨伝導で響いてくるような体内ノイズのようなものは、MH334のほうがシャットアウトしてくれる。FitEar TO GO! 334の場合、モゴモゴとした擦れノイズはどうやらイヤーチップが鼓膜へ伝えてしまうらしい。両者がケーブル材質やシェル素材が同一であることを考えると、イヤーチップの有無が最も大きな影響を生んでいると思われる。もちろんイヤーチップの材質で状況は大きく変わってくるけれど。

さて、肝心な「サウンド」はどうか。結論から言えば、両者の違い…そのポイントは中域にあると思う。ミッドの充実はMH334の方が優れている。目線をどちらに置くかによってニュアンスは変わるが、MH334からみれば、FitEar TO GO! 334は高域と低域が強めなドンシャリであると表現できるし、FitEar TO GO! 334からみれば、MH334は音楽の中核をなすミッドレンジの充実が大きな魅力に映る。中域にはドライバーが2発搭載されており、Ultimate Ears TripleFi 10の低域用にも使われているSonion製33A007が使用されている。もちろんMH334とFitEar TO GO! 334のドライバー構成は全く同じだが、そのバランスは明らかに変わっている点が興味深い。

両者のサウンドの違いは明確だが、どちらが良いのかと言えば、それは良し悪しではなく好き嫌いの問題になる。そこを承知の上で敢えて一歩踏み込むとすれば、トータルサウンドの軍配はMH334に上がると思う。FitEar TO GO! 334の登場は、逆にMH334の持つサウンドの圧倒的な説得力を再認識させ際立たせる最大のきっかけになったのではないか。

▲左がFitEar TO GO! 334、右がFitEar MH334。3ユニット4発という全く同じドライバーが搭載されているが、シェルのサイズ/形状の違いはご覧のとおり。FitEar TO GO! 334もそれなりの厚みがあるが、フィット感は悪くない。

▲左がFitEar TO GO! 334、右がWestone4。4つものドライバーを搭載している数少ないユニバーサルモデルの筆頭Westone4だが、ハウジングの大きさはこれほどまでに違う。

MH334の低域はミッドをしっかりと支えるために必要量供えられ、高域はミッドのまわりを煌びやかにデコレートするようにキラキラとその周りに存在するように捉えることができる。まるで主役のミッドを引き立たせ演出するように、全体域で各々がその役目を全うするかのようにみえる。そんなMH334のサウンド設計は、きわめて高品位で奇跡的な完成度だ。

もっとキラキラとライトに派手目な音を聞かせるUnique Melody MAGEや低域をぶっとく押し出すThousand sound TS842、ロックンロールにドライブさせるタイトに引き締まったUE 5PROなど、個性豊かで魅力あふれるモデルも他にたくさん存在する。が、つかみの良さを求めず、キャラ立ちのような戦略も持たず、中庸ながら高品位にバランスをとるという簡単そうでいて実は非常にチャレンジングな立ち位置がMH334であろうし、結果、高度にバランスさせたこの芸術的なトーンは、もっともっと高く評価されるべきものと思う。

そういう意味では、FitEar TO GO! 334は、トーンこそ同系統と言えるもののそのサウンドバランスは似て非なるもの。視点を変えるとMHよりも刺激的で面白く、リスニングとして興奮させてくれる可愛らしさと憎めなさがあり、MH334の美しき絶妙なバランスをあっさりとひっくり返した愛すべき暴れん坊でもある。

そもそもイヤーチップを持つFitEar TO GO! 334のサウンドが、HM334と同じになるわけがないというのが開発のスタート地点だったとは思うが、制約だらけのユニバーサル化に至っては如何に音に妥協しないかの戦いと試行錯誤であっただろうし、MH334からの乖離をいかに小さくするかには相当の労力が払われたことだろう。同じドライバー構成で手工製作する以上、高額になるのは免れないところだし、当然ユーザーもサウンドに対する期待は大きい。FitEar TO GO! 334にどんなアイデンティティを持たせるのか、そこはずいぶんと深刻な問題だし、いわば思想の問題でもある。

今両者を比べれば、MH334というカスタムは、自分の耳にあわせて作るだけに100%の環境が手に入る安心感と喜びを享受できる半面、遊びの要素が入る隙間がほとんどないのが現実だ。

その点ユニバーサルのFitEar TO GO! 334のサウンドは、良くも悪くも振れ幅が大きい。耳への挿入深さで低域が変わり、挿入角度で高域が変化する。イヤーチップを変えればトーンが変わり、付け心地と遮音性も変化する。この変貌を面白さと感じることができれば、実はFitEar TO GO! 334は「カスタマイズの余地を残してくれている稀有なカスタムIEM」と捉えることができる。遊びのマージンがたっぷりあることに気付けば、FitEar TO GO! 334はMH334よりも俄然面白く、何より魅力的に映る。ダイナミックを一発搭載したオーリソニックスのカスタムIEM AS-1bも、アンビエント調整ポートやベース調整ポートを有し、ワクワクさせてくれるユニークなカスタムIEMだが、FitEar TO GO! 334の自由度はその比ではない。

最終的にどちらがいいのか答えは単純、その完成度にリスペクトするならばMH334がいいし、自由度を求めるのならFitEar TO GO! 334がいい。

▲FitEar TO GO! 334にはペリカンケースにソフトケース、クリーニングブラシ、ケーブルクリップ、イヤーチップ4種が付属する。

FitEar TO GO! 334はMH334よりもハイも出るしローも強い。振れ幅が広く柔軟だ。ただ、私はその自由の中で「FitEar TO GO! 334、おもしれー最高!」とニヤツキながら、いかにハイを適切に抑え適度な低域でバランスをとるかを試行錯誤していた。クリアさを犠牲にしないように高い遮音性を保つには…といろんなパターンを試す、向かうその先にはMH334のサウンドがあり、いかにそこに近づけようとしていたかに、ハッと気付かされるのだ。そして私はMH334を耳にして安堵するのである。「そうそう、これこれ、これですよ」と。

素晴らしき完成度のMH334、そしてそれと同等のクオリティを持ちながら違ったサウンドバランスを持つやんちゃなFitEar TO GO! 334。似ているようで育ちも性格も違う両者だけに、いずれはどちらも手にしてしまう…というのが、ありがちなオチかもしれない。

単にユニバーサルモデルと考えれば非常識なほど高額だが、遊べるカスタムIEMと考えれば、このクオリティでこの価格は望外だ。カスタムIEMを持っている人こそ、そしてMH334を持っている人であればなおのこと、ぜひFitEar TO GO! 334にも手を伸ばしてみてほしい。これは、ハマリます。

text by BARKS編集長 烏丸

●FitEar TO GO! 334
希望小売価格105,000円(税込)
3Way / 3Unit / 4Driver バランスドアーマチュア
Low-1 / Low・Mid-2 / High-1
入力コネクター:3.5mmステレオミニプラグ
付属:ペリカンケース、ソフトケース、クリーニングブラシ、ケーブルクリップ、イヤーチップ4種

◆FitEar TO GO! 334オフィシャルサイト
◆FitEar TO GO! 334特設サイト
◆フジヤエービック販売ページ

BARKS編集長 烏丸レビュー(■イヤホン ●ヘッドホン ◆カスタムIEM ◇他)
◆Unique Melody Mage(2012-03-26)
●Takstar PRO 80、HI 2050、TS-671(2012-03-20)
●klipsch Mode M40(2012-03-15)
■Fischer Audio DBA-02 Mk2(2012-03-07)
◆AURISONICS AS-1b(2012-02-27)
■UBIQUO UBQ-ES503、UBQ-ES505、UBQ-ES703(2012-02-21)
◆Heir Audio Heir 3.A(2012-02-15)
■moshi audio Clarus(2012-02-12)
◆Thousand Sound TS842(2012-02-08)
◆Heir Audio Heir 8.A(2012-02-01)
■CRESYN(2012-01-17)
◆Unique Melody Merlin(2012-01-08)
◆カナルワークスCW-L01P(2012-01-03)
■ファイナルオーディオデザイン Adagio(2011-12-31)
◆LEAR LCM-2B(2011-12-26)
●SOUL by Ludacris SL100、150、300(2011-12-23)
●AKG K550(2011-12-20)
■SENNHEISER IE80 & IE60(2011-12-16)
■DUNU(2011-12-14)
◆カナルワークスCW-L10(2011-12-12)
■オーディオテクニカ ATH-CK90PROMK2(2011-12-09)
◆Ultimate Ears UE 5 Pro(2011-12-06)
■REALM IEM856(2011-12-02)
■ファイナルオーディオデザインAdagio III(2011-11-26)
◇Ultimate Ears用交換ケーブルFiiO RC-UE1&オヤイデ電気HPC-UE(2011-11-25)
●Reloop RHP-20(2011-11-22)
■オーディオテクニカ ATH-CK100PRO(2011-11-14)
■SOUL by Ludacris SL99(2011-11-04)
■Fischer Audio Ceramique(2011-10-25)
■SHURE SE535 Special Edition(2011-10-21)
■JVCケンウッドHA-FX40(2011-10-16)
■BauXar EarPhone M(2011-10-10)
■SONOCORE COA-803(2011-10-02)
◆TripleFi 10 ROOTHリモールド(2011-09-25)
■AKG K3003(2011-09-18)
■Atomic Floyd SuperDarts+Remote(2011-09-11)
■Bowers & Wilkins C5(2011-09-06)
■Westone3(2011-09-02)
◆カナルワークスCW-L31(2011-08-26)
◇ORB JADE to go(2011-08-22)
■YAMAHA EPH-100(2011-08-14)
■NW-STUDIO(2011-08-09)
■NW-STUDIO PRO(2011-08-02)
◆FitEar MH334(2011-07-29)
◆ROOTH SE530×8(2011-07-26)
■Westone ES5(2011-07-21)
●SHURE SRH940(2011-07-17)
◆Ultimate Ears 18 Pro(2011-07-15)
■クリエイティブAurvana In-Ear3(2011-07-06)
◆カナルワークス CW-L01(2011-07-01)
■GRADO GR10&GR8(2011-06-25)
◇SAEC(サエク)SHURE SE用ケーブル(2011-06-21)
■フィアトンPS 20&PS 210(2011-06-17)
■ZERO AUDIO ZH-BX500&ZH-BX300(2011-06-11)
■フィリップスSHE8000&SHE9000(2011-06-03)
■アトミック フロイド(2011-05-26)
■モンスター・マイルス・デイビス・トリビュート(2011-05-20)
■SHURE SE215(2011-05-13)
■ファイナルオーディオデザインPiano Forte IX(2011-05-06)
■ラディウス・ドブルベ/ドブルベ・ヌメロドゥ(2011-05-01)
■ローランドRH-PM5(2011-04-23)
■フィリップスSHE9900(2011-04-15)
■JAYS q-JAYS(2011-04-08)
◇フォステクスHP-P1(2011-03-29)
■Klipsch Image X10/X5(2011-03-23)
■ファイナルオーディオデザインheaven(2011-03-11)
■Ultimate Ears TripleFi 10(2011-03-04)
■Westone4(2011-02-24)
■Etymotic Research ER-4S(2011-02-17)
■KOTORI 101(2011-02-04)
■ゼンハイザーIE8(2011-01-31)
■ソニーMDR-EX1000(2011-01-17)
■SHURE SE535(2011-01-13)
■ビクターHA-FXC51(2011-01-12)
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