大沢伸一の原点ともいえるプロジェクトMONDO GROSSOが、6月7日(水)に6thアルバム『何度でも新しく生まれる』をリリースする。これはMONDO GROSSOとしての、14年ぶりのアルバム。今作は史上初の全曲日本語ボーカル曲であることや若手ボーカリストの起用など、MONDO GROSSOが新たな扉を開いた作品だ。

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BARKSではこの作品に込められた大沢伸一の音楽への挑戦をインタビュー。いかにして本作品ができたのか、深く語ってもらった。また、インタビューはアルバムについてだけにとどまらず、「Rakuten Music(楽天ミュージック)」をはじめとするサブスクリプション・サービスの在り方、そして現代における音楽の在り方に対して提言も飛び出す。いわゆるCDのミリオンヒット時代から現在に至るまで、アーティストとして独自の視点で音楽シーンに身を投じてきた大沢伸一ならではの言葉だ。同時展開として、Rakuten Musicにて大沢伸一がセレクトした【14年間で影響を受けた曲】プレイリストも公開されているので、ぜひ彼の考えと音楽の一端に触れてみて欲しい。

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■望まれるからやるのであれば、それは僕のクリエイションじゃない
■僕の歴史のなかで、一番受動的な作品になった

──ここのところDJとしての活動が目立っていた大沢さんですが、最近はA Thousand Tears Orchestraをはじめ、AMPSではギターを弾いたりもしていて、活動スタイルに変化を感じます。

大沢伸一:そうですね。ここ10年くらいはDJ活動を精力的に行ってきましたが、誤解を恐れずに言うと、僕のなかでやりきった感じがあったんです。もちろん辞めるつもりではないですが、自分にとって仕事として向き合う音楽と、自身の音楽活動というのをうまく両立してやっていくのって難しいじゃないですか。本当に自分が満足するものだけをやるとなったら仕事を選ぶ必要があったりもして、そんなことここ数年、いや今も試行錯誤していて。最近はAMPSでライブ・パフォーマンスに立ち返ってみたり、プロデュース業も精力的に行っているのも、今の僕にとっては挑戦なんですよね。


──DJ業というのは体力的にも過酷な部分もありますよね。

大沢伸一:それに今、DJって音楽の入り口として簡単に見られている側面もあって。特に最近ではDJを始めて間もない人が、いきなり数百人規模のオーディエンスの前でプレイして、それでもフロアが盛り上がっちゃったりもしていて。この10年でダンス・ミュージックのシーンもガラっと変わり、それこそDJがロックスターのようになってきていて。僕もそんな時代のクラブ・シーンにいながら、“これは違うな”って思うこともありつつ、混沌としたシーンに巻き込まれていたんです。でも、今では、音楽家として自分らしく過ごせているかが、もっとも大切だと思うようになってるんですよね。

──そもそも、大沢さんがDJとしての活動を本格化させた理由は何だったのですか?

大沢伸一:ちょうど2003年に『NEXT WAVE』をMONDO GROSSOとしてリリースしたあとで、エイベックスに移籍したのが理由でした。『NEXT WAVE』のリリース・パーティーをエイベックスの松浦さんが見にきてくださって。そのとき当時ではまだ珍しいかったライブDJのパフォーマンスをしたのですが、それが発端でエイベックスに誘ってもらったんです。当時の僕もこれまでの音楽人生を振り返って、MONDO GROSSOに囚われず、やりたいと思うものを探していて。で、松浦さんからも“DJとしての大沢伸一の側面”を打ち出していこうということになって、それがエイベックスに移籍してからの僕のミッションでもあったんです。


──そして、今となっては伝説のプロジェクトでもあるMONDO GROSSOを14年ぶりに復活させました。その経緯も教えてもらえますか?

大沢伸一:復活させたというか、特に封印していたつもりもなくて、DJとしての活動をしていたら、思いもせず時間が経っていたんです。僕はちょっとひねくれたところがあって、“デビュー何周年”という活動の節目が好きじゃないので、これまでもそうやってMONDO GROSSOの活動も打診されても全部断っていました。今回、MONDO GROSSOとしての活動をスタートさせようと思ったのは、レーベルのA&Rに“大沢さんのためにもそろそろやったほうがいいですよ”って、説得されたのがきっかけでした。

──そこは、意外とシンプルな理由だったんですね。そして14年ぶりとなるアルバム『何度でも新しく生まれる』は、これまでMONDO GROSSOを聴いてきた身としては驚きもありました。birdさんをフィーチャーした「TIME」はかつての2人のコンビが生んだ「LIFE」と違うアプローチですし、先行シングル「ラビリンス」はディープハウス的な要素もあります。そういう意味でもポップスでありながらも、いろんな発見を感じられる作品ですが、大沢さん自身はこのアルバムにどんな意味合いを持たせたかったのですか?

大沢伸一:当初このアルバムを作り始めたときは、ここ10年くらいで自分が身につけた音楽やテクニックを反映させようとしていました。海外からのゲストを交えつつ、2017年版のMONDO GROSSOとして一歩先の音を狙う……そんな思いで制作をはじめてみたんですが、上手くいかなかったんです。


──それはまたどうして?

大沢伸一:今、思うと、最初はちょっと小洒落たものを作ってやり過ごそうって思っていたのかもしれないです。でも結局、自分にとって新しいと思える作品を作るにはテクニックや知識だけではダメなんです。それよりも自分にとって挑戦だと思えることや、革新的だと思うことに、飛び込んでいかないと作れない……っていうことに改めて気づかされて。なので、それまで作ったデモを捨てて、もう一度メロディから書こうと思ってできたのが「ラビリンス」で、このメロディができたときに、日本語の歌詞がストンと落ちてきたんです。最初はこの曲だけ日本語にしようかなと思っていたのですが……僕は迎合していると見られるのがとにかく嫌な人間だから、“ポップスに寄せてきた”とか “日本語できたか”って思われたくなかった。でも、僕自身がそういうことをやらないと思われているのであれば、その期待を裏切って、楽しんでもらうのもアリだなと。それなら全曲日本語でということになったんです。僕のキャリアとしてもそういった作品はなかったですし。

──近年はメロディから曲を書いたりはしなかったのですか?

大沢伸一:この10年くらいはやっていなかったですね。作曲家/プロデューサーとしての僕のことが好きで、例えば昔の「LIFE」みたいな曲を書いてほしいとか、そういうリクエストってやっぱりあるじゃないですか? でも望まれるからやるのであれば、それは僕のクリエイションじゃないし、自分がやりたいと思ったときにやればいいものだから、ここ何年もやってこなかったんだと思います。でも今は自然にメロディから書けるようになっていますね。それに今では、“大沢伸一って音楽家? DJじゃないの?”って思っている人も多いわけですし、むしろとこうやって作曲家としての自分を改めて打ち出していくのも、自分にとっては挑戦だなと思っています。


──とは言え、実際にこの作品で聴けるのはここ10年くらい大沢さんが培ってきたダンスミュージックのテイストもあったりして、ポップスとして聴ける範疇でありながらもそのサウンドは本格的という印象もありました。その辺はどんなバランスを意識したのですか?

大沢伸一:逆説的に言うと“意識しなかった”というのが正直なところですね。さっきも言ったように、フォーマットを決めてスタイリッシュに見せるのはテクニックであって、どうしてもプロデューサー的なやり方によってしまうんです。もちろんMONDO GROSSOのプロデューサーは僕ですが、同時にこれはパーソナルなプロジェクトでもあり、そこを全面的に出したいなと思ったので、この作品は好き勝手に作り散らかしたんです。で、最後に少しだけサウンドをトリートメントしただけという感じでした。だから一曲目の「TIME」と二曲目「春はトワに目覚める」なんて全然違う感じになっている。

──確かに、アルバムを聴くとそういった部分に驚きを感じます。あとはゲスト・ボーカリストのチョイスも面白いです。乃木坂46の齋藤飛鳥さんからINO hidefumiさんまで世代も幅広くて、野心的というか。

大沢伸一:このアルバムで野心的なのは、さっき言った全曲日本語の歌詞に加えて、もうひとつあって。これまで20数年間、MONDO GROSSOが忘れられずに存在し続けられたのは、このプロジェクトがもはや僕だけのものじゃなく、関わっている人がいてくれてこそだと思うんです。例えばアルバムに関わっているA&Rやマネージャー、デザイナーたちはみんなMONDO GROSSOに愛情があるし、彼らが考えるアイディアが悪いはずがないなと。であれば、今回はスタッフとコラボレーションをするのも面白いと思ったんです。なので、僕は琴線に触れるメロディと曲を書いて、そのあとのことはスタッフが提案するものに反応していきました。ゲスト・ボーカルに関して僕からお願いしたのはINOさんだけで、あとはスタッフたちのアイディアですね。

──それってプロジェクトを進める上でひとつの理想的なカタチではあると思うのですが、自分で曲を書いてたりするとどうしてもこだわりが出てきますし、なかなか出来ないことですよね。

大沢伸一:そのおかげで僕の歴史のなかで、一番受動的な作品になったと思います。僕だけの狭い知識で考えるMONDO GROSSOじゃなくて、このプロジェクトに近しくて、愛情深い人たちが考えるMONDO GROSSOっていうアイディア。それは大胆で、間違いがなくて、面白いんです。


──新作はセンスに溢れたポップ・アルバムですが、それこそ昔の『Mondo Grosso』とか『Born Free』とか、これまで知らないような新しい音楽を聴けるという感じとも違いますよね。そこが昔と今のMONDO GROSSOの差のような感じもします。

大沢伸一:これまでのMONDO GROSSOの作品って、僕が常に新しいサウンド・フォームを提案してきたと自負していますが、今回は作品に向き合うアプローチの仕方自体を新しく提案できたのかなって思います。結果論ではあるけど、僕がすべてを作るんじゃなくて、みんなで作るという。そんな風にしてアルバムを作るミュージシャンって、あんまりいないと思うんですよね。

──確かに、コラボといっても何かしらのコンセプトを持っていたりはするものですもんね。

大沢伸一:ええ、どこかでしっかりハンドリングされていたり。でもこのアルバムに関しては全曲歌入りで日本語の歌詞という以外にマスター・プラン的なものはまったく無かったです。

──考えられているように見えて、ごく自然発生的に生まれた作品なんですね。

大沢伸一:そういうことです。

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