LCDサウンドシステム完全復活、ジェームス・マーフィーとNYインディ・シーンの20年

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■NYアンダーグラウンドからメインストリームへ~“最後のアルバム”

ビッグ・ネーム(ゴリラズ、ケミカル・ブラザーズ、ナイン・インチ・ネイルズetc)との仕事を通じてプレゼンスを増す〈DFA〉の評判も追い風に、期待感が高まるなか満を持してリリースされた1stアルバム『LCDサウンドシステム』(2005年)。2枚組のディスク2にコンパイルされた初期のシングル群に対して、ディスク1に収録された新曲群の特徴を挙げるとするなら、それはLCDサウンドシステムの“バンド”としてのアイデンティティが演奏面やサウンドにおいて顕著に打ち出されているところ、だろうか。




「ダフト・パンク・イズ・プレイング・アット・マイ・ハウス」や「トリビュレーションズ」を始め、それこそUSハードコア・パンク上がりのマーフィーのルーツを再確認させるようにアグレッシヴな“バンド・サウンド”を随所に聴くことができる。さらに、先行したディスコ・パンク/ポスト・パンク・リヴァイヴァルのイメージを越えて、LCDサウンドシステムがその多様な音楽性を露わにしたのもこのアルバム。『ホワイト・アルバム』時代のビートルズ~ジョン・レノンにインスパイアされたというサイケデリックなバラード「ネヴァー・アズ・タイアード・アズ・ホエン・アイム・ウェイキング・アップ」や、ブライアン・イーノの初期のソロ作品も連想させるウォーミーなシンセ・バラードの「グレイト・リリース」など。実際、マーフィーは制作にあたって統一感を考えずにさまざまなタイプの楽曲を書くことを念頭に置いていたといい、結果的に翌年のグラミー賞にノミネートされるなどマスからの評価も集めた『LCDサウンドシステム』は、それまでのアンダーグラウンドな存在だったLCDサウンドシステムがよりオーヴァーグラウンドな場へと活動を広げていく布石となる。

そして、LCDサウンドシステムの評価を名実ともに決定づけたのが、その2年後にリリースされた2ndアルバム『サウンド・オブ・シルバー』(2007年)だろう。

1stアルバム『LCDサウンドシステム』が示した多様な方向性を推し進め、サウンド/プロダクション面はもちろん、ソングライティングにいたるまでトータライズされた形でまとめ上げた完成度の高さ。たとえばアメリカの音楽メディア「Pitchfork」は『サウンド・オブ・シルバー』を「今まで聴いてきたダンス・ミュージックとロック・ミュージックの完璧なハイブリッドに近い」と評している。その評価が物語るように、まさにダンスとロックがクロスオーヴァーする場所でキャリアをスタートさせたマーフィーのサウンド・ワークにおける(その時点の)到達点、とそれは言っていい。さらに、マーフィーがそれまでの作品を通じてリプレゼントしてきた、言うなれば偉大なる音楽の歴史や遺産の反響をここには聴くことができる。スティーヴ・ライヒとデヴィッド・ボウイ「ヒーローズ」が交差する「オール・マイ・フレンズ」。そしてルー・リード「パーフェクト・デイ」へのアンサー・ソングも思わせる感傷的な「ニューヨーク、アイ・ラヴ・ユー・バット・ユア・ブリンギング・ミー・ダウン」──。そこに窺える示唆に富んだ引用やリファレンスのマナーとは、むしろダーティー・プロジェクターズやグリズリー・ベアらブルックリンのアート・ロック勢と共有されるものだった、と言ったほうが適切かもしれない。また本作は、マーフィーのヴォーカリストとしての魅力を発見できるアルバムでもある。





「アメリカのラディカルなアンダーグラウンドのインディ・ロックがメインストリームを侵略した」とイギリスの音楽誌「Mojo」が総括した2000年代が幕を閉じ、迎えた2010年代。先行きのまだ見えない新たなディケイドの始まりにリリースされた3rdアルバム『ディス・イズ・ハプニング』(2010年)は、前作『サウンド・オブ・シルバー』で達成したLCDサウンドシステムとしてのシグネチャー・サウンドの正しく延長線上にある作品、と言えよう。ディスコ・パンク/ポスト・パンク・リヴァイヴァルはとうに去り、飛び火したニュー・レイヴ/ニュー・エキセントリックもピークを過ぎたなか、しかし、LCDサウンドシステム/マーフィーにとって“ダンスとロックのクロスオーヴァー”とはスタンダードでエッセンシャルな音楽的指標であることを本作はあらためて物語っている。

マーフィーいわく「狂ったロックンロールの気分に浸りながらレコーディングした」という『ディス・イズ・ハプニング』は、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド「ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート」のポスト・パンク・ヴァージョンのような「ドランク・ガールズ」を始め、ノイジーなディスコ・ポップの「ワン・タッチ」、あるいは「ルージング・マイ・エッジ」や初期のシングルも彷彿させるミニマルな「パウ・パウ」といったハイなナンバーが耳を引く。イーノ『ヒア・カム・ザ・ウォーム・ジェッツ』~ボウイ直系のモダン・ポップ「オール・アイ・ウォント」や、パーカッシヴなアフロ・ハウスの「ホーム」しかり。しかし、それも今あらためて聴くとどこか刹那的に感じられてしまうのは、リリース前からバンドの解散の噂がささやかれ、実際、マーフィーはこれがLCDサウンドシステムとして最後のアルバムになることを意識してレコーディングに臨んでいたことが後に明かされたから、か。リリースの直前には、10年以上マーフィーとコンビを組んでいたティム・ゴールズワージーが〈DFA〉を脱退。そして翌年の2011年、ニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンで行われたライヴをもってLCDサウンドシステムは活動を休止する。




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