ポール・ウェラー『オン・サンセット』、「俺は今も胸がワクワクする」

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Photo by Nicole Nodland

40年以上に及ぶキャリアの重みと、英国音楽シーン(と、日本の熱烈な支持者)における絶対的な存在感の大きさを考えれば、驚くべき創作量と言っていい。ポール・ウェラー、15作目のソロ・アルバム『オン・サンセット』。過去10年で6作目、前作『トゥルー・ミーニングス』から1年10か月ほど(ちなみに前作と前々作との間は1年4か月!)という、売り出し中の新人並みのハイペース。しかも今作から、およそ30年ぶりにザ・スタイル・カウンシル時代に所属した古巣・ポリドールへ復帰という、オールド・ファンには嬉しい話題もある。底知れぬバイタリティと尽きせぬグッドメロディ、枯れることなき音楽への愛情と、衰え知らずの実験精神を引っ提げて、新たな創造の高みに到達した『オン・サンセット』の世界について、BARKSに特別に提供されたオフィシャルインタビューの発言を引用しながら掘り下げてみよう。


アルバムの幕開けを飾るのは「ミラーボール」。静謐なエレクトロニカ、ピアノとギターのアコースティック・サウンド、サイケデリックな音のコラージュ、ファンキーなダンス・チューンと、刻々とサウンドがメタモルフォーゼしてゆく7分30秒を超える大作だ。そもそもこの曲、前作『トゥルー・ミーニングス』の制作中にすでに生まれていたということで、前作から今作へのブリッジとしての役割を見事に果たしている。

「俺としては、「ミラーボール」は(シングルの)カップリング曲か何かとして使うつもりでいたんだ。だけど、それを聴かせた人達から口々に、それじゃもったいなさ過ぎると言われてね。そして俺自身、聴き込んでいくにつれ「なるほど、その通りだ」と思うようになって、その曲を次の新しいアルバムの目玉にすることに決めたんだよ。この曲を書いた時に思い浮かべていたのは、様々な時代の色々な若者達のことだった。彼らは、ダンスフロアで映えるようにとお洒落をし、ミラーボールの下では違う自分になろうという心づもりで、お気に入りのナイト・クラブの入り口の列に並んでいた。例えばそれは、1920年代のダンスホールかもしれないし、サイケデリックなレイヴかもしれないし、「ウィガン・カジノ」や「トゥイスティッド・ウィール」(※両店共、1960年代にノーザンソウルのメッカと謳われた北部イングランドの有名クラブ)かもしれないし、あるいはどこかのテクノ・クラブかもしれない。でも、どれも同じことなんだよ。つまり、ダンスフロアにいれば、輝くスターに変われるんだ。俺自身、若い頃からクラブ通いしていた経験からそういった感覚を憶えているし、大好きな曲を聴けば今もそういう気分になる。それは音楽が持っている変革の力の、とても美しい、時代を超越したイメージなんだ」

続く「バプティスト」は、ニューオーリンズ・ファンクのリズムを使ったシンプルなバンド・サウンドによるハートウォームな曲。「オールド・ファーザー・タイム」は、ピアノをループさせたR&Bスタイルのトラックに、ファンキーなエレクトリック・ギターのカッティングを加えてご機嫌なホーンのリフを乗せた、アメリカン・ルーツ・ミュージックの香り高い曲だ。「バプティスト」を書いた時に彼は、サザン・ゴスペル・シンガーのボビー・ブランドのことをイメージしていたという。

「「バプティスト」は、ソウル・ミュージックの普遍性を称える曲なんだ。僕は信心深くはないんだけど、あらゆる人々に語りかける素晴らしいソウル・ミュージックには、スピリチュアルなヴァイブがある。そういった音楽を聴くと、昔からの繋がりというものを感じるんだよ」

「ヴィレッジ」はアルバムからのシングルカットで、オールディーズ感覚あふれるムーディーな、しかしソリッドなビート感も忘れないポップチューン。ザ・スタイル・カウンシル時代の相棒ミック・タルボットがハモンド・オルガンを弾いていることにオールド・ファンは歓喜するだろう。ミックはアルバム中の2曲に参加して、素晴らしい音色を聴かせてくれている。それだけでも、このアルバムを聴く価値はあると言っていい。


ジャズ、ファンク、R&Bをフュージョンしたご機嫌なリズムが7分近くに渡って続く「モア」は、前半部のメロウでソウルフルな男女デュエット(パートナーはル・シュペールオマールのジュリー・グロ)と、後半部のホーン・セクションの掛け合いが楽しいインストゥルメンタル・パートと、1曲で二度おいしい仕上がり。タイトル曲「オン・サンセット」は波音をイントロに配し、心地よいミドル・テンポのグルーヴに陰りを帯びた美しいメロディ、パーカッション、フルート、ヴィブラフォンなど多様な楽器が織りなす心地よいムードが最高。このアルバムは、前作に続き作曲家のハンナ・ピールによる流麗な弦アレンジが全面的にフィーチャーされているが、その手腕が遺憾なく発揮された素晴らしいタイトル・トラックだ。


「ハンナは天才オーケストレーターだよ。ロイ・エアーズの「We Live In Brooklyn」にインスパイアされた「モア」のような曲や、ラロ・シフリンみたいなものを目指していた「オン・サンセット」といった曲があってね。ハンナはそういった俺のアイディアを、他に類のない素晴らしいものへと変化させることができた。それは、俺の頭の中にあるアイディアと一致するものでありながら、新たな領域に持ち込まれてもいたんだよ。そこは俺がつい最近探求し始めたばかりの、新たな音楽の次元なんだ」

ちなみに「モア」は、ボビー・ウーマックを念頭に置いて書かれたもので、このあとに登場する「アース・ビート」にインスピレーションを与えたのは、ファレル・ウィリアムスだとポールは言う。インスパイアされたミュージシャンの名を見れば、このアルバムでポールがどんな音像を目指したか?が、なんとなくわかるだろう。

「イークワニミティ」は、いかにも英国人好みのノスタルジックでメロディアスなシャッフル・ビートの曲で、元スレイドのジム・リーが弾くバイオリンや、クラリネットを加えた音はどことなくジプシー・ジャズをも思わせる異国の味わい。「ちょっと面白い小品」で「少しベルリンのキャバレー風味もあり、少しボンゾ・ドッグ・ドゥー・ダー・バンドっぽくもある」と、ポールはコメントしている。そして1960年代後半のサイケデリック期のビーチ・ボーイズあたりを彷彿させる「ウォーキン」に登場する不思議な音は、テルミンだろうか? この曲ではミック・タルボットがハモンド・オルガンを弾き、マッドネスのリー・トンプソンによるテナー・サックス・ソロも効いている。一転して「アース・ビート」は、エレクトロニックなエフェクトをたっぷり詰め込んだミドル・テンポのロック・チューン。電子楽器に初めて触れたロックンローラーが、音を作るのが楽しくて仕方ないような姿がふと浮かぶ、ベテランとは呼ばせないみずみずしい感性がここにはある。この曲には米国生まれの10代のシンガー、コールトレーン(Col3trane)がゲスト・ヴォーカルとして参加している。

「彼は俺の娘と付き合っているんだ。2人が俺を訪ねてスタジオに来てくれた時、何かちょっと試してみるのもいいんじゃないかって、皆で思ったんだ。俺たちはいつも、そういうスピリットで仕事をしているんだよ」


アルバムはそろそろ後半だ。10曲目「ロケッツ」はシンプルなバンド・サウンドによるロック・バラードで、途中から弦とホーンが入った瞬間にソウルフルなムードがたちこめる。映画のクライマックスのように「これでもか」と盛り上げる、ゴージャスなストリングスの豊かな質感は特筆もので、アルバムの中で最もハンナ・ピールのセンスと才能を示す1曲だろう。もちろんポールの歌もばっちりだ。

アルバム本編に数えられるのは、ここまでの10曲。ここからは日本盤&海外デラックス盤のボーナス・トラックで、インスト曲「4thディメンション」は、ファンキーにうねるベース、ギターのカッティング、四つ打ちのキック、女声コーラスを配したダンス・チューン。一転して「プロウマン」は、軽い息抜きのセッションのような雰囲気の、ラフな質感のバンド・サウンドがかっこいい。このアルバムはエレクトリック・ギターが主役にはならないサウンドだが、ここぞとばかり歪んだギターが鳴らされる、これもまたポール・ウェラーらしい。そしてアコースティック・ギターのアルペジオと、この上なく優しく美しいメロディが溶け合うラスト・チューン「アイル・シンク・オブ・サムシング」。ポールの歌声は浄化されたように透明でみずみずしく、ハープと弦の幽玄な音色とアコースティック・ギターのループによるフェイド・アウトが幻想的だ。このあとに「オン・サンセット」のオーケストラル・ミックスと、「バプティスト」のインストゥルメンタル、そして日本盤だけにもう1曲「フェイルド」という曲が追加される。ここまで聴くと全16曲、堂々の大作だが、後味は不思議に爽やかだ。


メロディは粒揃い、歌は伸びやか、アレンジは繊細かつ華麗、時に実験的で冒険的、演奏はシンプルにして的確。主な参加メンバーは、レギュラー・バンドのメンバーであるベン・ゴードリア(Per)、アンディ・クロフツ(B)、スティーヴ・クラドック(G)を中心に、文中で触れられなかったゲスト・ミュージシャンとしては、元ザ・ストライプスのジョシュ・マクローリー(G)、英国フォーク・トリオのザ・ステイヴズ(Cho)などが、いいプレーを聴かせてくれる。素晴らしいアルバムだと思うが、このアルバムをさらに味わい深いものにしているのが歌詞の世界だ。歌詞についての、ポールの言葉を聞こう。

「ひとつ、このアルバム全体の大部分に共通していることがあるとすれば、それは「振り返っている感」だと思う。歌詞の多くは、60幾つになったひとりの男の観点からこれまでを振り返っているんだけれども、そこに後悔や悲しみはなく、とても楽観的なんだ。60歳になるというのは、多くの人にとって、何らかの危機を引き起こしかねないことではあるけれど、でも俺の場合、60代を迎えたことによって落ち着いたし、一番良い形で創作意欲を掻き立てられるようになった。この10年で俺は酒を辞めクリーンになったんだ。俺には幼い子供が3人いる。そして今は、これまでないほどはっきりと物事が見えるようになった。それが歌詞に現れるようになったと思う」

「「オールド・ファーザー・タイム」という曲では、「時間が自分自身となる/自分自身が時間となる」と歌っている。その一節が大好きなんだ。こういった見識は、年を取るにつれて意味が分かってくるものなんだよ。自分が死ぬべき運命にあることや、自分がこの世に遺すものについて、振り返り始めた時にね」

タイトル曲「オン・サンセット」にも、ポールの特別な思いが描かれている。それは40年前、ザ・ジャムのメンバーとして初めてアメリカを訪れた時のロサンゼルスでの思い出だ。そしてアルバムのプロデューサーのジャン・“スタン”・カイバートと共作した「ヴィレッジ」も、60代になったポールの人生観がはっきりと描かれた興味深い歌詞になっている。

「(「オン・サンセット」について)当時、俺たちはサンセット・ストリップの近くに宿をとって、「ウィスキー・ア・ゴーゴー」や「レインボー」といった小さな会場でプレイしていたんだ。去年、ロサンゼルスに住んでいる長男を訪ねたんだ。サンセット・マーキス・ホテルの建物を見たら、たくさんの思い出が蘇ってきたよ。まるで昔の恋人を久しぶりに訪ねたような気持ちになった。40年前の話だけど、まだ先週のことのように思えるよ。(「ヴィレッジ」について)「アマゾンを探検したりエベレストに登ったりしなければ、人生は完全なものにはならない」と、皆言われているだろ。この曲は、それに対する返答なんだ。そして男はこう答えるのさ、「そんなのくそくらえだ/俺の周りには天国があるのだから」とね」

どうやらポール・ウェラーの人生のモットーには「休息」「停滞」という言葉はないらしい。62歳になった今も、少年のように心ときめかせて新しい音楽への冒険に身を乗り出す。『オン・サンセット』はその輝かしい成果のひとつだが、それもきっと近い将来、彼自身の手で乗り越えられるだろう。ポール・ウェラーと同時代を生きる喜びを、できるだけ長く味わっていたい。それが彼の音楽を愛するファンの本音に違いない。

「俺は今も、何か目新しいことや最新のものに出会うと胸がワクワクするんだ」

「特定の年齢に達すると新しい音楽を聴くのをやめる人達がいるってことには、気が滅入るよ。俺は今年62歳になるんだけど、今もまだ、日々新しいものを探し求めている。現在進行形で素晴らしい音楽がまだまだたくさん作られているってことが、俺に希望を与えてくれるんだ。音楽に、俺は取り憑かれている。俺にとって音楽とは、教育であり、娯楽であり、コミュニケーション手段であり、全てなんだ。俺のそういった“取り憑かれている”思いが、今回のアルバムの各曲に反映されているよ」

文:宮本英夫


ポール・ウェラー『オン・サンセット』

2020年7月3日発売
UICY-15875 ¥2,600(税抜)+税 /日本盤のみSHM-CD仕様
日本盤ボーナス・トラック1曲+海外デラックス盤ボーナス・トラック5曲収録
1.ミラーボール
2.バプティスト
3.オールド・ファーザー・タイム
4.ヴィレッジ※シングル
5.モア
6.オン・サンセット
7.イークワニミティ
8.ウォーキン
9.アース・ビート
10.ロケッツ
11.4th ディメンション※日本盤&海外デラックス盤ボーナス・トラック
12.プロウマン※日本盤&海外デラックス盤ボーナス・トラック
13.アイル・シンク・オブ・サムシング※日本盤&海外デラックス盤ボーナス・トラック
14.オン・サンセット(オーケストラル・ミックス)※日本盤&海外デラックス盤ボーナス・トラック
15.バプティスト(インストゥルメンタル)※日本盤&海外デラックス盤ボーナス・トラック
16.フェイルド※日本盤ボーナス・トラック

◆『オン・サンセット』試聴
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