【プロミュージシャンのスペシャル楽器が見たい】Gacharic Spin F チョッパー KOGA、あらゆる要素が盛り込まれたベルモア5弦ベース

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ダイナミックなスラップを連発しつつ、多彩なサウンドでリスナーを魅了しているF チョッパー KOGA(Bass)。使用機材にはベーシストとしての好みはもちろん、「Gacharic Spinにとって最適なのは何なのか?」という視点も反映されている。愛用のベース、エフェクター、アンプ類を紹介する言葉の1つ1つが、このバンドのオリジナリティの源にあるものを感じさせてくれた。音楽への目覚め、ベースを始めたきっかけ、オリジナルベースが誕生した経緯、特殊なこだわりポイントなど、盛りだくさんなインタビューをお届けする。

■最初はスラップがベースの通常の奏法だと思っていたんです
■「普通じゃないんですか?」というくらいベースのことを何も知らなかった


――お姉さんが部屋で流す相川七瀬さん、Every Little Thingとかが、J-POPに触れる最初の体験だったんですよね?

KOGA:はい。姉は年が離れていたので、先にいろいろな音楽を聴いていたんです。「音楽に目覚めた」という感じだったのかはわからないですけど、音楽を聴くようになったのはそれが最初でしたね。

――楽器を始めたのも高校に入ってからですし、音楽に対して積極的な子供ではなかったとお聞きしています。

KOGA:そうなんです。音楽の授業も大嫌いでしたから(笑)。地元の友だちは、今の私にびっくりしています。音楽を聴くのは好きだったんですけど、カラオケに行くのは嫌いでしたからね。

――芸能界のお仕事の最初のきっかけは、演技でしたよね?

KOGA:はい。地元の名古屋の劇団に入ったのが最初のきっかけです。ダンス教室に通いたかったんですけど、田舎過ぎてダンス教室がなくて。劇団はダンスや演技とか、いろいろな勉強ができるので入ったんです。入ってみたら、あんまりダンスのレッスンはなかったんですけど(笑)。


――(笑)。演技のお仕事は、いろいろしていましたよね?

KOGA:どうなんでしょう? オーディションに受かったら出られるっていう感じでしたけど。まずは劇団内のオーディションに受からなければ外のオーディションを受けられないので、ライバルがいっぱいでした。オーディションに受かると、地元のテレビ局のちょっとしたドラマに出られたりしました。

――『キッズ・ウォー』に出演したのも、地元にいた頃ですか?

KOGA:はい。いじめっこ役です。いじめられ役でオーディションを受けたのに、いじめ役で受かりました(笑)。でも、そういうお仕事をやっている内に「名古屋にこのままいてもだめだ」と思うようになって、「東京に行こう!」ってなったんです。

――上京するきっかけは、グラビアアイドルのオーディションでしたよね?

KOGA:はい。いろいろ受けて落ちまくって、「これで最後」と思って受けたオーディションに合格して東京に行くことになりました。

――上京してから入学した芸術系の高校で、はなさんと出会って、学校に通いながらお仕事を続けたわけですが、所属事務所のイベントのために組んだバンドがベースとの出会いだったとお聞きしています。

KOGA:余りもので、ベースになりました(笑)。当時は音楽にこだわりがなかったから、「ベースがいないなら、やります」っていう感じでしたね。もともとピアノをやっていた女の子がキーボードをやったりとか、そういう感じでパートが決まっていったんです。最初のライブの時はドラムのメンバーがいなくて、スタッフが叩きました。

――KOGAさんがドラムを担当する可能性もあったということじゃないですか?

KOGA:そうなりますね(笑)。ドラムになっていたら、どうなったんだろう? でも、練習は頑張ったと思います。ドラムだったら名前を知ってもらえるようにはならなかったかもしれないし、自分で一からバンドを立ち上げてなかった可能性もあります。今、こうなっているのは、ベースだったからかもしれないですね。

――ベースの担当になってからは熱心に練習して、学校にも持ってきていたと、はなさんが証言しています。

KOGA:一緒にバンドを組んだ周りの娘たちはもともと楽器をやったことがあったり、「やりたい!」っていう気持ちが強かったので、私は「追いつかないといけない」っていう気持ちでいっぱいだったんです。心配性なので、空いている時間はずっとベースの練習をしていました。


――最初、スラップから覚えたんですよね?

KOGA:はい。スラップがベースの通常の奏法だと思っていたんです。学校の先輩に「なんで古賀ちゃんはスラップやってんの?」って訊かれて、「これ、普通じゃないんですか?」と(笑)。「普通は指とかピックからやるんじゃない?」って言われて、「そうなんだ?」ってなりました。それくらい、ベースのことを何も知らなかったんです。

――スラップ、ピック、指弾きの順番で覚えたらしいじゃないですか。

KOGA:そうなんです。だからピックを持ちながらスラップをやるのが普通になっていっちゃいました。指弾きをやり始めたのは、Gacharic Spinを始めてからです。でも、そういうのが自分のカラーになったんだと思います。

――KOGAさんの世代でスラップをしていると、「レッチリのフリーが好きなの?」とか必ず訊かれると思いますけど、そういうことではないんですよね?

KOGA:はい。フリーはかっこいいですけど、フリーがきっかけでスラップを始めたということではないんです。

――ベースに夢中になっていった理由の1つとして、「みんなと何かをやるのが好きだから」って前におっしゃっていたのも印象的だったんですけど。

KOGA:そうなんです。劇団の時の演技のお仕事もそうだったんですけど、「みんなで何かをやる」っていうのが好きなんですよ。

――好きなベーシストとしてジーン・シモンズを挙げるのも、プレイスタイルとかサウンドではなくてKISSのああいう表現に対する憧れがあるからですよね?

KOGA:はい。絶対にお客さんを楽しませることができるああいうKISSの世界観が好きなんです。

――つまりKOGAさんにとってベースとは、「みんなと一緒に楽しい何かを作るために自分が担う役割」ということでしょうか?

KOGA:その通りです。ミュージシャンは「表現したいこれをギターにのせて」とかいう意識だと思うんですけど、私はそういうことではないんですよ。「みんなで表現する一部になれたらいいなあ」っていうことなので、ソロ作品を作りたいとかも全然思わないんです。

――お仕事の1つとして始めたベースとバンドですけど、活動は本格化していきましたよね? 事務所の女の子たちと組んだバンドはTHE PINK☆PANDAとなっていきましたから。一目置かれるガールズバンドだったと、当時、EU・PHORIA(ユーフォーリア)のメンバーだったオレオさんがおっしゃっていました。

KOGA:そういう感覚は、自分たちの中ではなかったんですけどね(笑)。でも、ボーカルは女優さんをやっていたし、私はグラビアからのベースだったし、そういうメンバーによるバンドだったから、言い方は悪いですけど「どこかバカにされてるだろうな」というのがあったんです。だから車で全国を回ってライブをたくさんやっていました。車で寝泊まりもしましたから。真冬の新潟で寒くて死にかけたり(笑)。でも、そういう体験もするくらい、ライブはできる限りたくさんやっていました。


――THE PINK☆PANDAを脱退した後、はなさんに声をかけて結成したのがGacharic Spinですが、やはりバンドは続けたかったんですね?

KOGA:はい。バンドを脱退する時に「疲れちゃったな」っていうのと「すごい悔しい」っていう気持ちの両方があったんです。それで、「この悔しい気持ちをもし表現するんだったら、新しいバンドを始めよう。でも、やるんだったらはなしかいない」って思ったんです。はながやらないって言ったら、多分、名古屋に帰っていました。

――Gacharic Spinを始めるまでに使ってきたベースについても教えていただきたいのですが、最初はどんなものを使ってきました?

KOGA:最初はお花の形のショートスケールのベースです。楽器屋さんの外にディスプレイされていて、かわいかったんですよ。今考えると、めっちゃ弾きづらかったんですけど。その次に買ったのが赤いテスコのベース。またマニアックなのを買っちゃって(笑)。見た目がかわいかったんです。でも、スラップに向いていなかったですね。「上手くスラップが弾けないなあ」って思っていたら、学校で先輩が「それ、多分、ベースが理由じゃない?」って。先輩のベースを弾いてみたら、ずっと練習していたスラップが一発で弾けて、「これはベースを替えないと!」ってなりました。テスコはお気に入りだったんですけどねえ。

――買い替えて使い始めたのは、どんなベースでした?

KOGA:バッカスのベースです。あと、ミュージックマンのスティングレイもほぼ同時期に買いました。

――修学旅行のためのお金でハートキーのベースアンプも買いましたよね?

KOGA:買いました。今は使っていないんですけど。置く場所に困って、地元の仲の良いスタジオにあげました。

――お仕事をしていたとはいえ、高校生が機材を揃えるのは大変だったはずです。

KOGA:大変でしたね。弦は長持ちするエリクサーを使っていたんですけど、ベースの弦は高かったですから。あと、ワイヤレスのトランスミッターが壊れると修理代が2、3万かかったんですよ。「壊れないでくれ!」って祈りつつも、結構壊れちゃって(笑)。

――(笑)。ベースを弾くのが、どんどん面白くなっていきました?

KOGA:はい。練習すればするだけ評価してもらえたり、お客さんにも楽しんでいただけましたから。ベーシスト、バンドマンとして認めてもらえていっている感じが嬉しくて。ライブの楽しさも、それまでに味わったことがなかったものでした。

――バンドはガチャを結成する前に平安もはなさんとやって、ガールズバンドの平安女子で<TEENS' MUSIC FESTIVAL(TMF)>に出場したこともあったじゃないですか。

KOGA:TMFは渋谷区の決勝まで行って、最後の決勝戦はど頭で派手にやって落とされました(笑)。平安はコスプレメタルバンドで、結構、10代ながら面白くもありかっこよくやっていたと思います。

――かっこいいのにふざけたところもあるその感じ、ガチャの原点だったのかも。

KOGA:そうですね。「プラスアルファの何かをしたい」ってなっちゃう性格なんですよ。

――ガチャを結成してからは、ベルモアのオリジナルモデルのベースを弾くようになりましたよね?

KOGA:はい。


――フィンガーランプの校章が印象的です。

KOGA:あの校章は、オリジナルピックを作る時にデザインしていただいたんだっけ? あっ、逆です。『WINNER』や『Delicious』のジャケットも描いていただいた知り合いのマコプリさん(渡辺真子/マコ・プリンシパル)のデザインなんですよ。ベースを作る時に「校章を作ってください」ってお願いをして、すごく汚いイメージ画をお渡ししたんです(笑)。

――(笑)。なんで校章にしたかったんですか?

KOGA:なんでしょう? かっちりしたかったのかな?

――“KOGA学園”みたいな感じですよね?

KOGA:はい(笑)。校章がかわいいのかなと思って。

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