【ライブレポート】上杉 昇「順番が回ってくる前にやっておきたいことがある」

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ギターの平田 崇、鍵盤の森 美夏をバックにアコースティック編成でカバー曲を唄うという主旨のシリーズライブ、その第三弾となる<SHOW WESUGI ACOUSTIC TOUR SPOILS 2022-2023 #3>ファイナル公演が12月9日、横浜ランドマークホールで開催された。事前にファンからリクエストを募った楽曲も演奏されたため、以前のツアーなどで聴いたことのある安定のナンバーも含まれていたが、逆に真っさらのチャレンジ曲も多く、古くからのファンにも新鮮な内容となっていた。

オープニング曲は、彼が最も影響を受けたアーティストのひとつ、ニルヴァーナの「Verse Chorus Verse」。過去にも「RAPE ME」や「OH ME」「Moist Vagina」をカバーしたことのある上杉だが、これまたマニアックな曲を取り上げたものだ。背景のスクリーンには“New Cover Song”として曲名と原曲アーティスト名の他、作詞 上杉昇・作曲 Kurt Cobainとのクレジットが映し出される。クリス・コーネル「Promise」をカバーした時と同様、上杉が日本語詞を書き下ろしたバージョンだ。「悲しまないで笑っておくれ」と繰り返すサビも、オルタナっぽい脱力感が漂っていて良い感じだ。

最初のMCでは、自身の体調について言及。風邪をこじらせて前日まで声が出ず、今日のリハーサル後に病院で診てもらってきたそうだ。「いろんな考え方があるけど、これはこれで今日しかない上杉だし、通常の俺だったら出せない力を出せる可能性もある。癒されて帰ってください」と、ポジティブなマインドセットを提示。

2曲目はXXXテンタシオンの「what are you so afraid of」。呟くような発声やハミングのような唄い方の部分もあり、いわゆるラッパーのイメージではない穏やかな楽曲。3曲目はヨンシーの「Avin Endar」。これも上杉が日本語詞をつけており、ゆったりしたピアノと、どこか敬虔な気持ちに包まれるアレンジが不思議な非日常感を伝える。「ああ、まどろんで目覚めれば、友よまたひとつ時代が終わる。ああ、いみじくも出会えた、友よもうすぐ全てが終わる。ああ彷徨った日々たちも、友よほら思い出に変わるよ」と聴き取れた歌詞からも、大事な何かとの決別を受け容れる歌のようにも感じられた。もし将来これが音源になることがあるなら、この世界観を静かな気持ちで味わってみたい。

「次の曲は、俺たち昭和時代の人間には教祖のような存在だった人。教祖なんだけど、校舎の窓ガラスを割ったり、原チャリを勝手に乗ってきちゃったり(笑)」と紹介し、尾崎豊の「街路樹」を。2022年のライブでも「贖罪」をカバーしていたが、この日は上杉の声が枯れているのが吉と出て、迫力のある歌声に。いつもより太く深い声で歌われるサビや、アウトロのフェイクシャウトなど、こんなワイルドな上杉の歌、初めて聴いたわ!というくらいインパクトのあるボーカルだった。

続いて「自分にとっては大先輩にあたる方。This Mortal Coilを教えてくれた方の歌を唄います」とBUCK-TICKの「月世界」を。印象的なギターのリフから始まり、森美夏とオクターブ上下のユニゾンを披露するボーカル。2021年のライブでは同じBUCK-TICKの「ドレス」をカバーしていたが、この日の「月世界」も曲の浮遊感を疑似体験させてくれるような音像で、まるで色とりどりの花が咲く無重力空間を漂っているような…、昔のサイケデリックなSF映画を彷彿させるトリップ感を音で再現している感じだ。



「自分が10代の頃から活躍していて、とても惹きつけられるバンドでしたね。櫻井さん…、またひとつ時代が終わったのかなっていうか、無性に寂しい気持ちになりました。特別な思いをもってやらせてもらいました」

「男性のラブソング、王道な曲を唄います」と紹介されたのは“Request Cover Tune”で、浜田省吾の「もうひとつの土曜日」だ。浜省の曲も過去に何度か唄われているが、こんなに真っ直ぐなラブソングを上杉が唄うのはなかなかないこと。ファンが“これを上杉さんに唄ってほしい”と思う気持ちもわかる気がする。続いて、これも前ツアーでカバーしていたBAZARAのインディーズ時代の楽曲「おうお」。BAZARAは上杉主催のイベント<Japalooza>に出演したことがあるそうで、演奏が終わると<Japalooza>出演者はmiya38(WANDSサポートおよび猫騙のベーシスト。2009年逝去)が良いバンドをいつも連れてきてくれたという話や、先月のイベントでも共演したハンちゃんことハンサム判治が会場に来てくれていることに触れ、「俺の友達に、この曲を唄いたいと思います」と岡林信康の「友よ」を演奏した。これも以前カバーしたことのある楽曲だが、この日はどこか温かみが増して感じられた。

後半6曲は女性ボーカリストの楽曲を。まずは“Request Cover Tune”として、レベッカの「maybe tomorrow」。続いて“New Cover Tune”として、ピアノだけをバックに「暗い日曜日」を。これはそもそもハンガリーで生まれ、その後フランスでも大ヒットした楽曲で、この曲を聴いて自殺者が何人も出たという都市伝説もある、いわくつきのナンバー。日本でも多くのアーティストがカバーしているが、上杉バージョンは浅川マキの日本語詞と歌唱をもとにしているものだという。森美夏による重くドラマティックなピアノから始まり、そこへ上杉のローボイスが乗っていくのだが、テンポが完全にフリーというか、感情の赴くまま2人の阿吽の呼吸で進んでいく感じがすごい。邦楽で言えば唄い手と唄付け伴奏のような間合いというか、タメがあって。よくアイコンタクトなしでこれができるものだなと、2人の息の合い方にも改めて感心した。歌詞は先にも書いたとおり、ただただ苦しく絶望的な内容なのだが、上杉の枯れた声のせいで言葉がより切実に迫ってきて、まさに鳥肌ものだった。



続く4曲は、曲調はバラバラなれど何故か心が癒やされるような温かさをまとっていた。“New Cover Tune”として唄われた小比類巻かほるの「I'm Here」は、ボトルネックの緩やかなギターサウンドに彩られて夜明けの光が見えるようだったし、GAOの「サヨナラ」は安らぎと躍動感が奇跡的なバランスで融合した名曲。サビで“遠くへ もっと遠くへ”と唄う上杉が両手を宙に伸ばした場面では、自分さえ強く望めばどこへだって行けるような感覚になれた。Coccoの「フリンジ」は複雑な感情を歌った曲だが、ざっくり要約すると、失ってしまった日々は戻らない、惨めだけれど、でもそれは輝いて見えて、泣いて、でもまだ生きてて…といった具合に、行きつ戻りつ肯定と否定がごちゃ混ぜになる。たぶんその時々の唄い手の気分や聴き手の気分で、意味合いが違って感じられるような。この日の上杉は全体的に声が荒れていたが、「フリンジ」ではそれを逆手に取ったアプローチをぶつけてきた。特に曲後半はガナり叫ぶような声で唄いきり、それは「いろいろあるけど、俺は絶対可哀想な存在になんてならねぇから」と宣言しているようにも聞こえた。まさにこれは最初に本人が言った「今日しかない上杉」の唄であった。

本編ラストは“New Cover Tune”、中島みゆきの「ヘッドライト・テールライト」。NHK「プロジェクトX」エンディングテーマ曲として、様々な困難に直面した技術者たちが実直にそれに打ち勝っていく物語と、戦いを終えた戦士たちをいたわり労う歌というイメージが強い楽曲だが、この日のこの曲に誰もが最大の癒やしを感じたことだろう。ディストーションボイスで叫びまくっていた前曲「フリンジ」とは別人の如く、優しく包み込むような安心感に満たされた歌。演奏が終わると彼は大きな声で「本当にどうもありがとうございました!」と叫び、ピースサイン。そして両手で歓声をあおるポーズをした後、耳に手をあてて観客の声援を味わっていた。ふだんのライブでは滅多にそんなことはしないので(観客の声援を聴く暇があったら、たいてい本人がハイトーンのロングシャウトをキメている)、この日は期せずして観客との交流を再確認できたのかもしれない。本当にライブとは一期一会だ。

アンコールは“Self Cover Tune”として、WANDSの「寂しさは秋の色」。上杉は「みなさんからのリクエスト、意外にもこの曲が上位に入ってました。唄える人は一緒に唄ってくれると嬉しいです」と紹介。2006年のアルバム『SPOILS』にもセルフカバーが収録されているが、アコギとピアノのシンプルな演奏で聴くと、改めて曲の良さが際立って感じられる。それまでは椅子に座って歌唱していたが、この曲の2番からは立ち上がり、ハンドマイクで唄いながらステージ上手・下手へ近づくと、サビはマイクを観客に向けて唄わせる。楽しそうに唄っている観客たちを見ながら、上杉もまた満足そうに見えた。



後半のMCで彼は自分が音楽活動を続ける意味についても触れた。「頭ではわかっていることですけど、日本のロックシーンを牽引してきた方が次々といなくなってしまって。もう聴けないのかなとも思うし、それが生きた意味でもあるのかなとか考えて時間が過ぎていく。でも、順番が回ってくる前にやりたいこと・やっておきたいことがあるので。人間ひとりの人生っていうのをたどったら、音楽だけでもヒストリーがある」と語り、自分の生きた足跡を音楽で残したいし、まだまだやりたい事をやるつもりだというような意思表明を伝えた。

生きた足跡といえば、「上杉 昇 全歌詞集 1991-2023」が12月20日に全国発売される。WANDSでのデビュー曲から、猫騙、ソロ、他アーティストへの提供作品も含め、これまで彼が書いてきた約150曲すべての歌詞を収録し、各曲に関するセルフライナーノーツとスペシャルインタビューも掲載された興味深い1冊。滑り込みで本人からの「全歌詞集」についての思いも聴けたので、最後に紹介しておこう。

「実は、歌詞集のアイデアが出た当初は、そんなに乗り気でもなかったんですよね。だって、嫌だったころのものも全部入るわけだから。自分でちょっと納得いってない頃の歌詞も入っちゃう。それをもう一回、改めて背負わなきゃいけないみたいな。それってどうなのかなと思ってたんですけど。だけど、それは自分がやってきた ことには違いないし、消せる過去でもない。自分がやってきた足跡として残せるのであれば、それは光栄なことだなとは思うようになりましたね」──上杉 昇

そして早くも2024年のアコースティック・ツアー<SPOILS 2024 EXTRA>開催と、カバー・アルバム『SPOILS #3』のリリースについての発表がされた上杉 昇。果たしてどんな新しい景色を私達に見せてくれるのか、楽しみで仕方がない。

文◎舟見佳子
撮影◎朝岡英輔

「上杉 昇 全歌詞集 1991-2023」



2023年12月20日発売
¥4,000(税込)
ハードカバー/ボックス入り/304ページ
発売元:(株)リットーミュージック

上杉 昇ライブ/イベント

<SHOW WESUGI ACOUSTIC TOUR SPOILS 2024 EXTRA&『SPOILS #3』爆音試聴トークライブ+先行販売+サイン会>
2024年3月23日(土)愛知・名古屋SPADE BOX[LIVE]
2024年3月24日(日)静岡・浜松カフェアオゾラ[TALK]
2024年4月7日(日)東京・大手町三井ホール[LIVE]
2024年4月20日(土)神奈川・Naked Loft YOKOHAMA[TALK]
2024年4月28日(日)兵庫・三宮CASHBOX[TALK]
2024年4月29日(月祝)大阪・梅田TRAD[LIVE]
2024年5月10日(金)愛知・名古屋HeartLand[TALK]

<ファンクラブ限定 上杉 昇バースデーイベント>
2024年5月24日(金)※都内にて開催予定

◆上杉 昇オフィシャルサイト
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