【インタビュー】清春、デビュー30周年、4年ぶり11thアルバムに表現者の果てない息吹「この瞬間は永遠である」

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デビュー30周年を迎えた清春が3月20日、4年ぶり通算11作目のオリジナルアルバム『ETERNAL』をリリースした。“永遠”の意をタイトルに掲げた本作は、果てから目を逸らさずに表現者として進化を続ける清春の息吹を存分に味わえる内容となっている。

◆清春 動画 / 画像

収録は全14曲。あいだに3つの「Interlude」を挟みながら全未発表曲で構成されたアルバムには、あまりにも圧倒的な歌が強烈な存在感を放つ。前回インタビューで清春自身が語った「この人生を通じて何よりも本気でやってきたことって、歌なんで」という言葉が、そのままかたちになった仕上がりだと言っていい。

既報の通り、2024年春から2025年2月9日までの1年間、<清春 debut 30th anniversary year TOUR 天使ノ詩 NEVER END EXTRA>の開催も決定している。3月にオーストラリアツアーを共に廻ったBorisとの競演に加え、ビルボードツアーやSADS、黒夢でのライヴが予定されていることも大きな話題だ。新たな名盤を生み出した今、清春は何を思うのか。3月上旬のとある日、じっくりと話を訊いてみた。


   ◆   ◆   ◆

■時を楽しむ、時を忘れる
■それが『ETERNAL』


──前アルバム『JAPANESE MENU/DISTORTION 10』リリースから4年が経ち、世の中は様変わりしました。『ETERNAL』の第一印象ですが、明るいアルバムだと感じたんです。

清春:ラテンぽいとかって言われますね。そういうリズムがあるってことを指してるんだろうけど、たしかに歪んだギターもないし、編成楽器の種類的にダークな感じは出ない。それで明るく感じるのかな。

──たとえば、“ダークなヴィジュアル系”のように評価するのは無理があるかな、と。

清春:でも歌だけ聴くと、V系的なところもまだ全然あるのかなと思います。どうやら僕はレジェンドの一人らしくて(笑)。以前の僕のことを知らない人が聴くと、そういうふうには聴こえないんだけど、V系を知ってる人が聴くと、そう聴こえる。この歌が自分の好きな曲調の中でのベストだと思っているんです。昔から自然とこうなるから、急にラップやデスボイスにするほうが不自然なんですよね。自分がどの楽器とマッチするのかを探した結果、今回はドラムとベースがいない、パーカッションとかのほうにいって。だから決して、アコースティックやスパニッシュや民族風の音楽をやるっていうつもりはないんですよ。

──そういう枠組みにはとらわれないということですね。

清春:ジャズっぽくしようとか、ラテンっぽくしようとかもない。これで十分というか、自分の楽曲を1個の立体として伝える時に、これぐらいがいいのかなと。でも、まだ全然途中だと思う。30年の活動の途中でアコースティックアルバムとかを挟んではいるものの、バンドスタイルでずっとやってきてて。『JAPANESE MENU/DISTORTION 10』から変わったものがあるとしたら、ベースを入れないとか。そういう意味で言うと、『ETERNAL』はまだ、変わっていく最初の段階かな。アマチュアの人がスタジオに行ったら、ドラムセットとギターアンプとベースアンプがあるじゃない?


──備え付けの機材…たとえば、ドラム、ベースアンプ、ギターアンプが2台、キーボードが用意されていますね。

清春:そう。ギターとベースとドラムとヴォーカルが一人いて、ギターをもう一人入れよう、キーボードも入れようって導かれちゃう。バンド編成の枠組みがそこで既成概念として出来上がっちゃうんだよね。そういう編成でバンドをやる人が多いから、平均的なそれをスタジオに置いてくれてるんでしょうけど。思考停止だよね。ソロになって20数年経つなかで、最近ちょっとだけフェスやイベントに出るようになったんだけど、その世界でも皆さん普通なんだよね。ギターがいて、ベースがいて、ドラムがいるっていう。

──フォーマットに則ったバンド編成なんですね。

清春:コアなフェスにはすごい人がいるのかなと思ったら、別にみんな普通で。曲が僕らとは違うっていうだけで、たいして上手くもない。だけど、そういうフェスに出演してるってイメージだけでやれちゃうじゃないですか。そういうのじゃなくて、僕は全部すごいのがいいと思ってます。フェスのために曲自体を変えていくっていうのがすごく変で。音楽というエンターテイメントをパフォーマンスするなかで、歌もそうですけど、もっとすごくなりたい。声量から何から。

──求めるレベルはまだまだ上。

清春:一緒に歌って負けたっていう人、あんまいないんですよね。上手さでは負けますけど、響いている感じは負けないかな。

──そんな清春さんの歌が響く『ETERNAL』は、ある種の賑やかさに目を奪われる一方で、余白や余韻の使い方が巧みなアルバムだと思いました。

清春:そうだね。音が詰まっているわけではないから。

──たとえば、数ヵ所の「Interlude」(「Interlude by DURAN」「 Interlude by タブゾンビ (SOIL&“PIMP”SESSIONS) & 栗原健」「 Interlude by 栗原健」)によって、作品全体が引き締まっているように感じます。

清春:あらかじめこういうインスト曲を作って、ストーリーっぽくアルバムを構築したんじゃなくて。レコーディングのときに皆さんのプレイがすごいから、「ちょっと弾いといて」っていう。「どこに入れるかわからないけど、30秒とか1分のを、いい感じでもらえませんか?」ってだけなんですけどね。アルバムの曲を並べてから、ここに入るなとか。だからコンセプトアルバムではない。


▲『ETERNAL』初回限定盤

──即興的な成り立ちなんですね。『ETERNAL』には近年のアルバムの中でも特に“生きる喜び”のようなものを感じました。ここ数年での清春さん自身の死生観の変化も作品に反映されているのでは?と思ったのですが。

清春:うーん…どうでしょうかね。アーティストも人なので、みんな歳をとっていくし、必ず死ぬ。死は仕方のないことだけど、肉体としての死なのか、人生としての終わりなのか、ミュージシャンとしての引退なのか。3つくらいあると思うんです。肉体としての死は、急に死んでしまうというのが、儚いよね。今回の『ETERNAL』はね、“これは永遠である”っていうアルバム。人の命や肉体に限界はあって、決して永遠ではないけど、“この瞬間は永遠である”って言えたらなって。終わりがないってことではないんですよ。なれの果てっていうのはあるし、“あと何年で歌えなくなるのかな”というミュージシャンとしての死とか、“あと何年で家族と会えなくなるのかな”という肉体の死とか。死は平等に訪れる…崩壊していくわけだから。終わることを考えて生きるっていうのは、すごく大事なことであって。時を楽しむ、時を忘れるっていうっていうことを無意識にできるってこと、それが『ETERNAL』かなと。

──なるほど。

清春:CDを聴いてるときって、この曲のこのフレーズが好きとか、あるじゃないですか。僕はそういうところを何回も巻き戻して、“ここ、いいよね”って聴いてたりした世代なんですけど、その数秒間は永遠で。時を超えることができる。“わー、楽しいな”と思ってるときって、いつの間にか時間が経つじゃないですか。“帰りたくない、あと5分だけ”ってなったり。それはすごく良いことだと思うんですよ。その一番強烈なものがライヴで。僕のライヴのなかでも、時間がもっと欲しくなるような、本当のアンコールが何回かあったけど、『ETERNAL』の歌詞ではそんなことを言いたかった。今生きてる目線から、“こうかもな”っていうものを歌えたらなと思ってます。年食ってくると、なんかテーマが決まってくるんですよ。誰かとずっと一緒にいるとか、自分がいつまでこうしているのかとか。歌詞って結局、それしかないのかなと思うんですよね。

──このアルバムには、そんな背景があるんですか?

清春:救いを求めて音楽を聴いてるっていう人もいると思うんですよ。歌詞でいえば結果的に、ファンを意識したことを多く書いてしまうことになる。物じゃなくて人間対人間なので、その人たちのために何ができるかっていう。僕は、進行とか台本がほとんどないライヴをやってて、曲順も毎日変わってる。

──それゆえの感動があります。

清春:たとえば僕、バンドとか歌手がメインになる日本のフェスって、ディズニーランドに行くより地味に感じるわけ。映画が好きな人もスポーツが好きな人も、みんなディズニーランドは楽しい。非日常感があったり、ミッキーのカチューシャを着けることにも何の抵抗もなくなる。ちょっとはしゃぐじゃないですか。ところが日本の場合は音楽イベントってそういう場所ではない。それこそ、観ている人たちにさっきも話したようなフォーマットがあって。そこがなかなか世界に追いつけないのかなって思うんです。外国人の楽しみ方って全然違う。

──たとえば日本のロックフェスでも、<PUNKSPRING>のように出演者も観客も半分が外国人のようなものは、盛り上がり方が全然違いますし。

清春:うん。ちょっと前に、ブラック・クロウズのライヴに行ったんだけど、僕の後ろで外国人がめちゃくちゃ叫んで踊ってて、うわー!って。ああいうふうになれればいいんだけど、日本って気質的になれないじゃん。ライヴでは鑑賞する。で、曲が良かったら立って、ちょっとノッてみる、拍手するっていう文化。近年では、ダイヴとかいろいろあるけど、それも本気でやってるわけじゃない。


──中途半端な感じなんですね。徹底的ではないというか。

清春:やってるけど、それは何かを見て、ここでこうやろうってフォーマット化されたものを真似てるってだけで。周りが拍手してるから、私もしなきゃっていう。Borisと一緒にオーストラリアツアーに行ったんですけど、現地の人は周りとか関係なく楽しんでくれるんですよね。逆にマッチしない人はしゃべり倒してたり。個人レベルで違うんですよ。

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