最注目リンキン、日本で最高のステージを披露!

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最注目リンキン、日本で最高のステージを披露!

す、すごいぞ。もしかして、世界有数の理想的アイドル・バンド…??


2001/05/14 @ Zepp tokyo

1:WITH YOU
2:RUNAWAY
3:PAPERCUT
4:BY MYSELF
5:POINTS OF AUTHORITY
6:HIGH VOLTAGE
7:CRAWLING
8:PUSHING ME AWAY
9:AND ONE
10:IN THE END
11:A PLACE FOR MY HEAD

〔encore〕
12:JANE SAYS
13:FORGOTTEN
14:ONE STEP CLOSER


1st ALBUM

『HYBRID THEOTY』

ワーナーミュージック・ジャパン WPCR-10877
2001年02月07日発売 2,079(tax in)

1PAPERCUT
2ONE STEP CLOSER
3WITH YOU
4POINTS OF AUTHORITY
5CRAWLING
6RUNAWAY
7BY MYSELF
8IN THE END
9A PLACE FOR MY HEAD
10FORGOTTEN
11CURE FOR THE ITCH
12PUSHING ME AWAY
13MY DECEMBER
14HIGH VOLTAGE

インディ経験のないままのデビューであるにも関わらず、アメリカで初登場16位を記録。以来半年でイギリス、カナダ、オーストラリア、アイルランドでトップ10入りを果たし、ここ日本でも2月にデビュー盤が出るやトップ20入りを記録。そして3ヶ月後には2000人キャパのZepp tokyoを即日完売までさせた話題のバンド。そう、リンキン・パークが日本で遂にベールを脱いだ。
 
かねてから、「
とにかくリンプ・ビズキットの次はこれだよ。やっべーよ!」みたいなニュアンスの発言が巷から流れてきていたが、僕はそうした周囲の声がいま一つよくわからなかった。なぜなら、このバンド、そういうやんちゃな少年たちが夢中になるようなバッドボーイっぽいイキがりや、パーティっぽい雰囲気がまるでなかったからだ。

しかも「インダストリアル+ヒップホップ+メタル」などと言われるサウンドにしても今時さして珍しいわけではなく、それよりはこのテのバンドではまず聴かれない“芯の強いしっかりとした歌心に溢れたメロディや甘く伸びやかなヴォーカル”の方が逆に目立ってもいるし。加えてヴォーカルのチェスター・ベニントンと、日本では特に大人気のラッパーのマイク・シノダの二人のアイドルばりのグッド・ルッキング! PVをみて僕はかねがね「
これって、アイドル・バンドじゃないか!」とずっと思っていたのだ。

まあ、それを言うならリンプ・ビズキットやシュガー・レイあたりもアメリカではバリバリのアイドルだったりするわけだが、このリンキンはそれとも微妙に違う。

でも、何が違うのだろう。この引っ掛かっている気持ちを確かめたいがために、僕はこのライヴを実に興味津々な気持ちで観に行った。

会場は案の定、このテのライヴによく居そうなタオルを巻いた短パンの青年たちが多く集っていた。前座の宇頭巻も、赤い帽子を後ろ前にかぶるという、リンプにあやかったようなバッドボーイ・スタイルなライヴを披露し、青年たちは大いに暴れていたのだが、こういうヘヴィ・ロック特有の男臭いライヴをリンキンは本当にするのだろうか。

僕はリンキンの登場を今か今かと待っていた。ただ、ステージを見る分には、特に凝ったものを持ち込んだ形跡はなし。どうやら、ド派手で脳天気なタイプではなさそうな気が。
 
そして韓国系アメリカ人DJ、ジョゼフ・ハーンのDJプレイの呼び込みで6人のリンキンのメンバー全員が勢ぞろい。DJとドラマーを除く4人のメンバーがハイ・ジャンプをキメ、のっけからアグレッシヴでハードなライヴが展開される。

しかし、やたらとハードさだけをアピールすることは一切ない。アルバム以上にメロディは丁寧に歌い上げられ、楽曲が雑になる瞬間が一切ない。そしてステージ上の立ち振るまいもパーティ気取りは一切皆無で、必死の形相で一生懸命コール・アンド・リスポンスを煽りに行く。

冗長なMCも一切なし。とにかく曲に全力投球なのだ。

そしてその間、決して中指を立てたファック・サインは出さず、四文字言葉も決して喋らない。さらには「
今日は僕たちにとって生涯初の日本公演です。この日のことは決して忘れません」という、実に殊勝なMCまで披露。いかにシノダに日本の血が流れているにしても、その言葉はまるでスピーチでもするかのような実にきれいな英語。そして、シノダの訴えかけるような目は純粋そのもの。

なんだ、随分真面目じゃないか!

僕は彼らのあまりに真摯なステージ・マナーに仰天してしまった。曲間でふと聞こえる観客のひそひそ話からは「
思ったより演奏上手いよねえ」という声が漏れて来たが、それにも同感しつつも、僕はやはりそのステージの立ち姿自体に魅了されていた。

そして、僕は思いをちょっと巡らせた後にハッと気づいた。

これって、どこかで見た事のある光景じゃないか!」と。デュラン・デュランボン・ジョヴィ。そう! これ、正統派洋楽アイドル・ロックバンドの姿そのものなのだ!

曲よし、顔よし、マナーよし、元気よし!  正統派アイドルとしての必死条件となるものはこのバンド、ことごとくクリアしているではないか! だからデビューしていきなりこんなにもウケたのか!

こんなに普遍的な魅力をもったバンドなら、ヘヴィ・ロックの範疇だけで語られるのではあまりにもったいないじゃないか!

僕はそう思うと、興奮せずにはいられなかった。ここ10数年、洋楽自体が難しく考えられ過ぎていて、なかなか洋楽への入り口となる格好のバンドがいなかったが、そのポストにこのバンドはスッポリと収まる器じゃないか!

'80年代の洋楽アイドル・ロック全盛期に青春を過ごした僕には、久しぶりに体験するこの光景が妙に嬉しく見えた。
 
ライヴ自体は、アルバム『ハイブリッド・セオリー』の大半の曲と、チェスターによるジェーンズ・アディクションの名曲「ジェーン・セッズ」のアコースティクでのカヴァーで構成され、最後は大ヒット曲「ワン・ステップ・クローサー」で締められた。ライヴが終わっても生真面目で熱い彼らは観衆にずっと握手を求め続け、しまいにはサイン会状態にまでなってしまった。どう考えてもこの光景、正統派アイドルのソレである。
 
実際後から聞いた話、リンキンはそのステージ・マナーの良さで評判が良く、本国のライヴではこのテのライヴには現われないような女のコが大半を占めているのだという。ここ日本でも、通常のヘヴィ・ロックのライヴよりは女性比率は高かったようで、印象としてはもっとキャーキャーしていても決しておかしくはない。

こうした要素が一般レベルにまでグンと広がれば、このバンド、世界有数の理想的なアイドル・バンドになれるのではないか。そう思うと、僕はリンキンのこれからの動向から目が離せなくなってしまった。

文●太澤 陽aka沢田太陽


about LINKIN PARK

LINKIN PARK
Chester Bennington - ヴォーカル
Rob Bourdon - ドラムス
Brad Delson - ギター
Joseph Hahn - DJ
Mike Shinoda - ヴォーカル
Phoenix - ベース

Linkin Parkのギタリスト、Brad Delsonに、一緒にツアーに周りたいバンドのリストを挙げてほしいと頼むと、彼は既に答を用意していた。

俺たちはマネジャーに“バンドを選んでくれ。俺たちはそのバンドと一緒にツアーができるよ”って言ったんだ。俺たちの音楽はいろんな方向性に対応できるから、一緒に演奏できるクールなバンドは限りなく多く存在すると思う

Delsonは、彼らのデビューアルバム『HYBRID THEORY』(バンドのオリジナルネーム)に明確に表れている多様性とユニークさを誇りに思っているという。

アグレッシヴなハードロックの土台の上に作られた、ヒップ・ホップヴォーカルと、エレクトロニックな要素を盛り込んだスタイルの中で、Linkin Parkのサウンドは完全に彼ら自身のものになっており、パワフルで不自然でないソング・ライティングによってその偉業を強固なものにしている。

DelsonとMC/ヴォーカリストのMike Shinodaは同じ高校に通っていた。そこでDelsonはドラマーのRob Bourdonにも出会っている。そしてShinodaはパサデナ・アート・センターで絵画の勉強をしている時にDJのJoseph Hahnと出会った。アリゾナ出身のヴォーカル、Chester Benningtonは、16歳の時からレコードを作り始めていたという。

話すことを学び始めた頃から、“俺は大人になったらシンガーになるんだ”ってみんなに言ってたんだ」とBenningtonは笑って話す。

2歳の時、俺はForeignerの曲を歌いながら走り回っていたんだ──その時のテープがまだ残っているよ

Benningtonのリッチでパワフルなヴォーカルのスタイルは、すぐにShinodaのストリート・スタイルのMCとピッタリ合ったのだった。「
ChesterとMikeの目標の1つは、出来る限り統合されることなんだ」とDelsonは言う。

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自分達のサウンドが受け入れられていってほしい。そうすれば人は“あ、これLinkin Parkだ”って言うと思うんだ。“さっきヒップ・ホップのパートを聴いて、今はロックのコーラスで頭を打たれているよ”っていう風に言われないようにね。俺たちは、全てにダイナミクスがあってほしい。でも同時に連続的で求心力のあるフレバーがほしい。そうすれば人は、どのバンドの音楽を聴いているか区別できるだろう

その求心力のあるスタイルと、すぐに憶えやすい曲で即座に注目を集め、ロサンゼルスの名高いWhiskyでの最初のショウの後、まずは音楽出版社からオファーを受けた。その後Linkin Parkは幾つかのショウケースを経験し、Warner Bros. Recordsと契約を結んだ。そしてプロデューサーのDon Gilmore(Eve 6、Lit、Pearl Jamを手掛ける)と共に、1stアルバムの制作に取り掛かった。

たくさんの人と出会って、そして意思決定するのがとても困難だった」とShinodaは言う。「でもDonは作品を良いものにするだけでなく、ソングライターとして俺たちの背中を押してくれたんだ

結果アルバムは、詩が持つ強いメッセージで対立的であると同時に、メロディックで非常に丹念に作られた作品となった。

俺たちは歌詞を通じて真実を推し伝えようとしたんだ。些細なこと、自身の考えに疑問をもっていること、自分自身の暗黒面を見つけることについてとか

DeftonesNine Inch NailsAphex Twinthe Rootsなど、多様な影響を統合して、1つのものとして組み入れながら、Linkin Parkと『HYBRID THEORY』は才能、作品に対するゆるがない献身さ、そしてピュアな芸術的ビジョンがフレッシュに合わせることで、パワフルな音楽的声明になることを、実際に証明している。

こういうことを死ぬまでやっていきたいと思っているし、ここにいられることをとても嬉しく思っているよ」とBenningtonは言う。

多くのハードワークと、献身、そして信念によって、どんなことも切り抜けられるし、それを現実のものにできるんだ

2001年1月には6人目のメンバー、Phoenix(ベース)が加入し、現在のラインナップが完成した。

This Biography was written by Record_Label./launch.com

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