ダークでダーティーで、エロティック……自らの暗部を電子音とともに放出した自信作

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ダークでダーティーで、エロティック……
自らの暗部を電子音とともに放出した自信作

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「みんなこのアルバムのセクシャルな面に驚いてるようだね」

最新 Album

10,000 HZ LEGEND
Virgin Internatinal VJCP-68306
2001年06月25日発売 2,548 (tax in)

1 ELECTRONIC PERFORMERS/Air
2 HOW DOES IT MAKE YOU FEEL/Ruger Joseph Manning Jr.
3 RADIO #1/Jason Falkner & Ken Andrews
4 THE VEGABOND/Beck Hansen
5 RADIAN
6 LUCKY & UNHAPPY/Jason Falkner & Ken Andrews
7 SEX BORN POISON/Buffalo Daughter
8 PEOPLE IN THE CITY/Air
9 WONDER MILKY BITCH/Air
10 DON'T BE LIGHT/Beck Hansen & Elin Carlson
11 CARAMEL PRISONER/Air
12 THE WAY YOU LOOK TONIGHT/Air


機械にはすごく官能的なところがある。使うたびに触って匂いをかいで感じるんだ。ボタンを触ったり、小さなノブのついた特殊な機材を試してみるのが好きなのさ

こう悩ましげに言うのは、パリのアート・デュオAirの1人、Jean-Benoit "J.B." Dunckel。その誘うような口調に、何千人もの女性ファンは、このセクシー・ボーイがいじくり撫でまわすシンセサイザーになりたいと夢見るのだ。官能的というのはAirの持ち味である。'98年の趣向を凝らしたデビューアルバム『Moon Safari』は、Marvin Gayeの『Let's Get It On』以来の最高傑作と言われるほどセクシャルな曲をフィーチャーしている。だがAir待望のニューアルバム『10,000Hz Legend』は極めてエレクトロな作風で、前作とはうって変わった過激な愛ともいえるセックス回帰だ。

例えば『Moon Safari』には“You Make It Easy”(結婚式でヒップなカップルがダンスするにはうってつけのバラード)のようなけだるいラヴソングが入っていた。ところが『10,000Hz Legend』の曲は“Sex Born Poison”(歌詞:お前の銃を撃ち放せ……俺の歓喜の原子ジュース)や、“Wonder Milky Bitch”(歌詞:オレを触って味わい、飲み込め。ブラディメリーのように飲みほすんだ)のように、まるでサイバーポルノ。なんとキョーレツな! どうやらこの頃では、J.B.と相棒のNicholas Godinが触って匂いをかいで感じたいのは機械だけではなさそうだ。

みんなこのアルバムのセクシャルな面に驚いてるようだね」と言ってJ.B.が解説する。「これは本物の男が贈る本物のアルバムなのさ」。(そういう本人はスツールに腰掛けたものの、床に届かない脚を子供みたいにぶらぶらさせ、キューピーを思わせる大きな瞳の顔には妖精のようなあどけなさが残る。そのくせフランス人にありがちな訳知りで世慣れた話しぶり……)

30歳にもなれば男としてもかなりタフなんだよ」と強いフランス訛りの英語で続ける。「だからこのアルバムは表現に凝ってるんだ。しかも、すごく過激な表現を試みた。深く掘り下げた特殊な、一種奇妙な美を追求している。汚れた美も取り上げた。暗い歌や目いっぱいエレクトロニックなアプローチもね。暗いバラードというコンセプトが気に入ったんだ。美しいものを汚すというか、美しさを強調するためにダーティな作品を創るってクールじゃないか。でないと僕たちの音楽は美しすぎるし、ナイーヴすぎるんだ

その通り、『10,000Hz Legend』でAirは『Moon Safari』のロマンチックでバラ色の世界を捨て去り、ダークでダーティな暗黒の世界に入った。それはキューブリックの描くエレクトロニカ・エロティカのユートピアであり、人間と同じ肉体を持つアンドロイドたちが3種のSMにふけり、淫乱な“エレクトロニック・パフォーマーたち”が我々に快楽を与えようと新たなプログラムを求める世界。

ニューアルバムには、Nicholasが妻のために書いた“How Does It Make You Feel?”のような多少センチメンタルな曲もある。だが、その優しく心に訴える歌詞(「1分でもきみの腕に抱かれれば幸せだ。きみに見つめられると僕は救われる」)でさえ、ロボットの囁きのようにデジタル化された味気ない声なのだ。あのハルがサイボーグのガールフレンドに“ボクのRAMをキミに”と言い寄っているかのように。これで“ラップトップ”も一味違った意味(訳注:ノートパソコンではなく文字通り「ひざの上」の意味)を持つことなるだろう。

また前述したアルバムのセンターピース(いや、マウスピースと言ったほうがいいかも?)“Wonder Milky Bitch”も、従来の“blowing some hot Air”(大ぼらを吹く)に新たな意味(訳注:blowはフェ○チオを意味する)を加えてくれた。J.B.は、2人がこうした卑猥な英語を覚えたのはツアーやインタヴューを通してだと言う。「いろんな人と話して汚い言葉を覚えるのは楽しいよ

この曲が描く未開地の娘とのオーラル・エクスタシーのインスピレーションについても、あっけらかんと言ってのける。「夢に出てきた話をしてるだけさ。誰だってエロティックな夢を見るだろ。それを歌にしただけ。すっごくセクシーな砂漠の娘でさ、頭が空っぽなほどこっちはゾクゾクする。汚い言葉を使ったのも同じ理由。ポルノじゃないよ。だってこれは愛を歌ってるんだから。かなりきついスラングを使ってるけど、それもどれほど愛してるかってことを表現するのがヴィジョンなんだ

『Moon Safari』と『10,000Hz Legend』を並べてみると、まったく異なるヴィジョンを持つように思えるが、その変貌をスムースにしたのは'99年の作品だ。ソフィア・コッポラによる思春期と純真さの喪失を描いた長編映画『The Virgin Suicides/ヴァージン・スーサイズ』のためにAirが書いた、Floyd風の不安をかきたてるサウンドトラック。パラノイアにかかったアンドロイドという暗い面を、プログレッシヴ・ロックに包んで表現することに初めて挑んだAirの力作である。「『Virgin Suicide』で初めてAirの音楽の方向性をつかんだ。あれで、かなりダークでぶっ飛んだバンドになれるってことが分かったのさ」とJ.B.は振り返る。

確かに『10,000Hz Legend』はダークでぶっ飛んだアルバムだ。デジタル化されたのはセックスだけではない。倒錯した未来を歌ったものとしてはダントツの“Don't Be Light”を実践するかのように、Airはそれまでのレトロなアナログのイージーリスニングを、「素晴らしき新世界」のデジタル・サウンドに変えてしまっているのだ(このアルバムで人間の手による形跡が感じられるサウンドは、宇宙人・Beckとのコラボレーションによる“The Vagabond”だけ)。単純に言うなら、BacharachからKraftwerkへの変身である。あるいはMike Myers風に言うなら、「Austin Powersなんか忘れろ、今どきダンスするなら『Sprockets』だぜ」

新しいデジタル・シンセサイザーを見つけたんだ。以前はデジタルは使ってなかった。デジタル・サウンドは冷たいだけで、クールじゃないと思ってたから。今はさらに冷たくなって、それがクールなんだ。冷たいのとあったかいのをミックスするのがね。アイスクリームの中に温かいフルーツを入れるとおいしいだろ」とJ.B.は言う。

『Moon Safari』の都会風のエレガンスに魅せられた心優しいファンは、Airのダーティ・デジタルへの方向転換を嫌がるかもしれない。J.B.もNicholasもそのことは分かっている。『10,000Hz Legend』でファンを遠ざける心配はないかと訊ねると、J.B.はこう答えた。「ああ、でも大衆の好む方向性なんて気にしてない。僕たちは自分たちのことしか考えてないからね。自分たちのヴィジョンさえしっかりしてれば、ファンはついてくるよ

少なくともヴィジョンについては、Airは以前にも増して自信をつけたと言える。J.B.は『Moon Safari』のことをそう話す。

これまではあまり自信がなくて、ただクールにやろうとしてただけだった。クールな音楽を目指してたものの、自分たちのスタイルがなかったんだ。だから不安だった。でも今回は深く掘り下げて表現することにしたんだ。悪趣味とすれすれのところまでいくのも恐れなかった。歌詞や凝った歌い方は反感を買うかもしれない。性転換したような、すごく高音のヴォーカルだと言われても平気だよ。宇宙の子ブタみたいに聞こえる部分もあるけど、あえてそうしてるんだ

性転換した宇宙ブタの鳴き声など、若い恋人たちが聞きたいとは思えない。ことにキャンドルライトのそばでワインを飲み、カーマスートラの香りのマッサージオイルを互いに塗り合うときには……。そういうマジカルなひとときのサウンドトラックには、『Moon Safari』のほうが相応しい。だがJ.B.は、この2ndアルバムも負けないくらいロマンチックでその気にさせる音楽なのだと言う。

これはとてもドリーミーな音楽だし、みんな日常からの逃避を求めてる。僕たちもそれを追求してるんだ。夢の世界や、もうひとつの世界といったものをね。なぜだか分からないけど、このレコードをかけると、たちまち夢の中の人になれる。精神性なんて忘れてしまえる。そこがクールなんだ。だからこのレコードはみんなに必要なものなんだよ

By Lyndsey Parker/LAUNCH.com

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