元ビートルズのメンバーの妹、兄はレノンに殺されたと話す

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一時期The BeatlesのベーシストだったStuart Sutcliffeの妹が、兄の死の責任はJohn Lennonにあると主張している。Sutcliffeは、Lennonの強い勧めで'60年1月にThe Beatlesに参加したが、この年の終わりには、ドイツのハンブルグで芸術家としての制作に専念するためバンドを脱退している。その後、'62年4月10日に脳出血のため亡くなった。英『Independent』紙によると、Sutcliffeの妹Pauline Sutcliffeは、Lennonが兄の頭部を蹴ったことが最終的に兄の死を引き起こしたと話しているという。

Pauline Sutcliffeは、'61年の秋にLennonが兄を攻撃したと言い、'01年に出版した本『The Beatles' Shadow:Stuart Sutcliffe & His Lonely Hearts Club』の中でこう書いている。「私は、Stuartの命を犠牲にすることになった脳内出血は、Johnが嫉妬に駆られて与えた打撃が原因だったと信じています。検視官は、Stuartの頭蓋骨にまるで殴打されたか蹴られたようなへこみがあったと明らかにしています。その数ヵ月前にJohnは、兄の頭部を継続してひどく蹴りつけるといういわれのない攻撃を与えているのです」

しかしながら、元共編者は彼女の意見に賛同していない。Sutcliffeと共に、映画『Backbeat』にもなったThe Beatles初期のハンブルグでのストーリーをまとめたAlan Claysonは、彼女は当時と矛盾していると話している。Claysonはこう『Independent』紙にこう語った。「私たちは、StuartはJohn Lennonに殴られたわけじゃない……彼の症状は、アンフェタミンの取り過ぎが原因だったという結論に達していた」

Claysonはまた、Stuart Sutcliffeは人生で一度きりしか暴力的な喧嘩をしておらず、それは'61年の初めにリバプールで起きたもので、LennonはStuartを助けるためにその喧嘩に割って入ったほどだったと付け加えた。

Pauline Sutcliffeの告発は、7月29日にロンドンで行なわれる兄の記念品のオークションのため新たなに暴露されたもの。オークションの中には、Lennonが始めたと言われる喧嘩の直後――'61年10月当時のスケッチブックも出品される。このスケッチブックでStuartの精神状態が悪化していく様子が見て取れるが、PaulineはこれをLennonが与えた頭の傷が原因だと考えている。

スケッチブックの中には、かろうじて読める程度に“the bloody brain(血だらけの脳)”“torment(苦痛)”“shout(叫び)”“explode(爆発)”などといった言葉が書かれている。また、病状が診断されたときに、自分に何が起こっているのか、医者は何をしようとしているのか理解しようと描かれた自分の脳を“解体”した痛ましい絵などもある。

オークションに出される他のスケッチブックを見ると、Stuart Sutcliffeが才能のあるアーチスト、詩人であったことがわかり、Pauline Sutcliffeは自分の主張を裏付けるものだと言う。

ロンドンのナイツブリッジにあるBonhamsで行なわれるオークションにはこのほか、Sutcliffeの出生証明書、学生時代の文書、詩や歌詞、写真、私物品、葉書、手紙などが出品される。Bonhamsは、このオークションは6万4,000~8万3,000ドルをもたらすのではないかと推測しているが、『Independent』紙は、160万ドル以上の価値がある判断している。

Sutcliffeは、The Beatlesが皮ジャンにリーゼントという姿から“モップ頭”(と彼自身が書いている)のスーツ姿へ変身していくのに一役買ったと言われている。

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