長渕 剛 ロング・インタヴュー【第4章】人生謳歌

ポスト
――6月に女性限定ライヴ・ツアーが行なわれますね。

長渕:ひとつは気分転換的な意味合いね。もうひとつは、静かに聞きたい女の子たちにも、きちんとギター1本で歌ってあげたいな、と思ってね(笑)。

――長渕さん自身も新鮮な雰囲気を味わってみたい、と。

長渕:そうそう。だから、デビュー当時に戻るような気持ちだよね。ギター1本で、そんなに大仕掛けもないステージで、みんなと語り合いながら…。

――じゃあMCも長めに?

長渕:かも知れない。実際どうなるかはわからない。その場の空気次第かな。

――お話を窺っていると、すごく新鮮な歩調で歩み出しているように感じます。かつて、40代は目一杯突っ走ってみる、50代のことはわからない、と仰っていましたが、実際に50代を迎え、こういう一点の曇りもない濃い内容のアルバムを作リ終えた今、先々に関してどんなヴィジョンをお持ちですか?

長渕:長渕剛って男は、またきっと何かやるんだろうなって気はしてる。特定のカテゴリーの中には決して収まらない男だから。テレビの世界にいったらテレビ画面からはみ出し、映画の世界にいけばスクリーンからはみ出てくる男だから。

もともと決まり事や、こうじゃなきゃいけないというフォーマットが嫌だから、どうしてもそうなっちゃうの、昔から。そういうはみ出てしまう情熱にこそ意味があると思っている。おそらく、それは狙ってやっているわけではなくて、僕の中に流れている血や、親から受け継いだDNAのせいなんだと思う。

幼い頃の原風景に起因する…ね。それが数的に大きなイベントなのか、表現としての事件なのかはわからないんだけど。だからね、今は自分の人生がすごく面白いんです。


――そう思えるようになったきっかけは何でした?

長渕:死んでからだね、父母が。恥ずかしい話だけど。俺、これでようやく自立なのかって思って(笑)。それまでずっと心のどこかに、父ちゃんに抱っこされたいっていう思いがあったんだと思う。

でも、それがもうかなわないことになってしまったとき、家庭をもっていようが、いくら最愛なる愛犬が傍にいようが、ホントに好きなことをやってこれていいねと他人様が羨ましがろうが関係なく、自分がすごく孤独に感じた。

父と母が亡くなったときのあの放り出されたかのような気持ちは半端じゃなかった。人生の先輩がたからは“甘えるな”と怒られるかも知れないけど、独りぼっちじゃん、俺って感じだったの。クソーって。そこからですね、人生が楽しくなったのは。それなら精一杯謳歌しようって思えるようになった。


――それまでも謳歌してきたように見えていましたが。

長渕:もっとやってやろうって気になったの。見てろよって。だって、死ぬとは思わないじゃん、大切な人がさ。理屈ではわかっているけども、まさか、ね。お袋は徐々に衰弱していったから覚悟はできていたけども、親父の場合は急降下だったからね。しかも母親とは違って、いろんな話をしてきたわけじゃなかったので…。だから親父の死というのは、僕の感性に強烈なものを残した。

――今を、そしてこれからを生きる上での大きなアクセントになった、と。

長渕:死を死として自覚して、生を謳歌すべしと頭の中だけで悟ったのが30代の前半でしたけど、それをより如実に教えられた、自分の近親者から。ああ、人はいつか死ぬんだ、そして当然自分にも死が訪れるんだって。そう思ったとき、じゃあ俺はいつ死のうとかさ、こういう死に方しようとか、死ぬ前にこれだけはやっておこうとかね、そういうことをあれこれ考えるんです。

そのうち死というものが恐怖ではなくなって、よーし、いつか(自分も)死ぬのか、じゃあ死ぬまであと何回コンサートやって、この時代にこういう歌を残して…という意欲的な気持ちになっていく。

かつて、一方ではお袋が死に向かい、一方では自分の子供が生まれてくるという状況の狭間で、死生観に迷った時期があった。「しゃぼん玉」でも歌ったけど、“リンリンと泣きながら~俺たちはどこへ行くんだろう”って。だけど、そんなとに読んだ分厚い書物の中に、「人類や生物、そして万物はすべて生存せよという方向に流れている」って一節が書いてあって、その一行に響いた。そうか、と。すべてのエネルギーを、生きるという方向に向かわせるべきなんだと。

幸い、ここまで人よりも多くの歓びや悲しみを経験してきていますから、そのぶん感情の振り幅も大きく、人生を楽しむための引き出しも多いんじゃないかと思う。だからこそ、これからの人生が愉しみに思えるんです。他人事のように言うのも変ですが、長渕剛はこれからどんどん面白くなっていくと思う。今回のアルバム『Comeon Stand up!』はその高らかな宣言でもあるんです。



取材・文●轡田 昇

この記事をポスト

この記事の関連情報