【D.W.ニコルズ・健太の『だからオリ盤が好き!』】 第20回 「『All Things Must Pass』とウォール・オブ・サウンド」

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フィル・スペクターと言えば、“ウォール・オブ・サウンド(音の壁)”と呼ばれるオーバーダビングによる分厚いサウンドが有名です。彼のプロデュース作品であるビートルズの『Let It Be』は、崩壊寸前のビートルズが原点回帰と言って取り組んだものの、成功とは言い難かった“ゲット・バック・セッション”の音源に、彼がコーラスやオーケストラ等をオーバーダビングして、ひとつの作品にまとめ上げたものです。フィル・スペクターの『Let It Be』における“ウォール・オブ・サウンド”は賛否両論で、特にポールはオーバープロデュースだと非難しリリースにも反対していたといいます。2003年にはそのオーバーダビングを取り除いた『Let It Be Naked』が発売され、また議論を呼びました。

僕は、『Let It Be』でのフィル・スペクターの仕事は素晴らしいものだと思っています。もちろんそれが絶対だとは言いませんが、曲の良さをある意味では最大限に引き出しているとも思いますし、散漫だったと言われるセッションを、ここまで作品性・クオリティーともに高い作品にまとめ上げたのは見事としか言いようがないと思います。また『Let It Be』という作品がビートルズの作品の中でもとりわけ多くの人に聴かれているのは、その音楽の普遍性によるものだと思いますが、彼のプロデュースによって、それがよりわかりやすいものに仕上がっているのも事実だと思うのです。

また、前述の『Let It Be Naked』ですが、僕は幼い頃から一般的な(フィル・スペクターによってオーバーダビングの施された)『Let It Be』を聴いていたというのも大きいのかもしれませんが、彼のオーバーダビングを取り除いた『…Naked』には、新鮮さはあるもののやはり物足りなさを感じてしまいます(もちろんこれも素晴らしい作品であることは言うまでもありません)。もし当時この『…Naked』の状態で発売されたとしたらここまでの大衆性は得られなかったのではないでしょうか。やはり『Let It Be』があってこその『Let It Be Naked』だと思います。

さて、『All Things Must Pass』。『Let It Be』でフィル・スペクターの仕事を高く評価したジョージは、解散後初となるソロ・アルバムで彼をプロデューサーに起用しました。この作品でも“ウォール・オブ・サウンド”は健在です。特に驚いたのはA-2のジョージの代表曲「My Sweet Lord」のイントロでのアコースティックギターです。同じコード・カッティングを何本も重ねていて、アコースティックギターの壁を作っています。こんなサウンドはそれまで他に聴いたことがありませんでした。

しかし、僕はこの作品での“ウォール・オブ・サウンド”がどうしても好きになれませんでした。のっぺりとした平面的な音の印象で、せっかくのジョージの佳曲群と、豪華参加ミュージシャン達の素晴らしい演奏が、平坦で無機質に聴こえてしまったのです。大好きな内容の作品なのに、どうしても音が好きになれない…何とももどかしいものでした。『Let It Be Naked』が出たとき、僕は『All Things Must Pass Naked』こそ本当に出て欲しいと願ったものでした。

そして、“オリジナル盤”を集め始めた僕は、この『All Things Must Pass』をオリジナル盤で聴いたらどうなんだろうと考えるようになりました。僕が聴いていた『All Things Must Pass』は、2001年に発売された“ニューセンチュリーエディション”のCDです。デジタル・リマスタリングされ、ボーナストラックが追加されたものでした。経験上、言えることですが、デジタル・リマスタリングされたCDとオリジナル盤のアナログでは、音像や空気感がまったくと言っていいほど違って聴こえる場合が少なくありません。フィル・スペクターの「ウォール・オブ・サウンド」は恐らくその影響を大きく受けるはず。きっと違って聴こえてくるはずだと思ったのです。

先日やっと手に入れた『All Things Must Pass』のオリジナル盤は、USオリジナル。本家はやはりUKオリジナルだと思いますが、ちょっと高すぎます…これもお金持ちになったら絶対手に入れるレコードリストに追加することにして、まずはUSオリジナルを手に入れました。これも決して安くはありませんが、UKの半値以下と言ったところでしょうか。ずっと探していましたが、これまたなかなか適当なものにめぐり合えず、先日やっと状態の良いもののセール品に出会って手に入れることができた次第です。
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