これは浜崎貴司の長いキャリアの中でも、もっとも異色でありつつ、もっとも感動的なアルバムのひとつである。ほぼすべての楽器を自ら演奏し、驚くほど緻密なコーラスワークを含めて、すべてのボーカルをひとりで歌う。豊かな音色のアコースティック・サウンドで統一されたニューアルバム『ゴールデンタイム』は、究極のソロ・アルバムであり、「命あることの素晴らしさ」を時に熱く、時にせつなく訴えかける歌詞の世界も、彼の思想の結晶ともいえる純度の高さ。音楽家・浜崎貴司が表現したいことの核心、それはこのアルバムの中にある。

◆浜崎貴司『ゴールデンタイム』~拡大画像~

■ルールとして決めたのは生楽器だけを使うこと
■そして基本的には自分ひとりで演奏するということ


──近年の浜崎さんは、弾き語りライブを大切にして活動していますよね。今回のアルバムは、そこからフィードバックしたものがすごく大きいなと思ったんですよ。ぬくもりのあるアコースティック・サウンドで、歌がすぐ近くで聴こえてくる。

浜崎貴司(以下、浜崎):今回は、録音する前にライブで歌っている曲がほとんどです。ファンの方々は結構知ってる曲があるので、「一緒に作ったような気がします」というメッセージをもらったこともあります。古い曲だと3年前ぐらいになるのかな。まずライブで歌って、それを録音していく。また作って、歌って、録音する。それをずっと積み上げていった1枚です。

──どんなアルバムにしようと思ったんですか。作りはじめる前に。

浜崎:ルールとして決めたのは、生楽器だけを使うこと。そして基本的には自分ひとりで演奏するということですね。唯一、おおはた雄一くんに3曲ギターを弾いてもらいましたけど、あとは全部自分でやりました。歌とギターも一緒に録っちゃって、弾き語りのライブみたいな、半分以上はそのスタイルです。その上で、弦楽器オーケストラみたいな構造もあるんですよ、今回のアルバムには。1曲の中でのギターが、自分の人生の中でもマックスぐらいの重ね方をしていて、でもそんなに重なって聴こえないようにしてる。「果てしないスケッチ」は3本重ねてます、イントロの部分だけで。

──そんなふうには聴こえないですけどね。すごくスマートでさわやか。

浜崎:しかもオケは、ベーシックにアコギが2本、オブリ(副旋律)が1本、もう1本オブリが入って、4本重なってる。それでも自然に聴こえるんですよ。

──そこ、今回のアルバムの心地よさの大きなポイントですね。シンプルでさわやかなサウンドに聴こえるけど、実はものすごく緻密で繊細。

浜崎:そうなんですよ。意外と込めてるんですよね、いろんなことを。「教室」のコーラスなんか、基本は六声ぐらいの和音があって、それがダブルになってるから十二声。だんだんイメージが積み上がって来て、全部が鳴った瞬間の感動たるや、すごいですよ。ひとつの世界が生まれたなという感じで。「カッケェー」って、毎曲言ってましたよ。自慢みたいになっちゃうけど。

──いいんです。自慢しましょう(笑)。

浜崎:その「カッケェー」は、自分でもビックリみたいなことなんですよね。「ショーウィンドウの影」とか、強引なんだけど、おおはたくんのギターと俺のギターと両方出しちゃえ、とかね。普通はありえないんだけど、試しに出してみたら、2本のオブリ・ギターがすごく絡み合って、また「カッケェー」ですよ。1曲1曲、自分なりの奇跡が起きたなと思っていて、それは今回のアルバムを作ってる時の喜びでしたね。あと、音楽ってすごいなと思った。奇跡が起きると、計算を乗り越えていくんですよ。「すげぇな音楽って」って、何回も思いました。

──素晴らしいです。

浜崎:エンジニアの杉本(哲哉)くんと、「いやー不思議ですねー」って言い合ってました。理屈はわかんないけど「カッコよくなったからいいか」という感じの日々でしたね。

──スタジオには浜崎さんと、エンジニアさんと。最小人数ですか。

浜崎:ディレクターも来るけど、いないことも多いから、ふたりの時間がけっこう長かった。だから楽器もガンガン持ってきちゃって、一時期はスタジオを倉庫みたいにしちゃって、悪かったんですけど。「あの楽器がほしい」と思うと、次回のレコーディング前に買いに行っちゃったりして。「僕は忘れない」の時に、ウーリッツァー・ピアノの音をシミュレーションで、シンセで鳴らしてたんですよ。「ここは禁じ手を使うか」とか言って。で、入れたんですけど、全体で聴くと何かかすむ感じがして、力がない。だから買いに行きましたよ、次の日に。神田まで行って、本物のウーリッツァー・ピアノを。

──マジですか(笑)。すごい行動力。

浜崎:「これください」って言って、車に積んで、スタジオに行って。「杉ちゃん、すげぇもの買ってきたよ。運ぶの手伝って」って言ったら、一目見て「うわー、本物買ってきた!」って(笑)。で、すぐに「よし、録ろう!」って。

──最高です! そういう盛り上がりも、絶対音に出るじゃないですか。

浜崎:そういう、自分の物語に酔っちゃうところもあるんですけどね。やっぱりみんなに聴かせると「音、いいよね」って言うんですよ。わかりますよね、そりゃ。わかるんですよ。具体的に何が違うかは言えないけど、力が絶対に宿るんですよ。宿ると思って作ってますからね。そういう、理屈じゃないけど音が持つ力みたいなものをつかまえたい、収めたいというのが、今回のアルバムのひとつの目標だった気がします。ポップソングを作るというのが目標ではなかったです、最初は。結果ポップソングなんですけど、そういうことが本当のポップソングなんじゃないかな?と思いますね。ポップソングを作ろうとしたら、ポップソングなんか作れない。音を追求して、世界を追及して、快楽を追及して、そういうものと向き合っていく中で、新しいポップスが生まれるんじゃないかな?と思うんですよね。そのためには、ちゃんとやらなきゃいけない。借り物じゃいけない。結局僕なんか、ルーツはないんですよ。日本でロックなんかやってると。そういうものを外国から借りてくるわけじゃないですか。それを継承した形で表現していくわけですけど、そこから自分のオリジナルにするという作業を、もう一回ちゃんとやらなきゃいけないなというのが、僕の中にあったと思うんですね。

──はい。なるほど。

浜崎:何かに影響を受けて、それをモチーフにしてるんだけど、そこから先に積み上がっていくものは、自分にしかできないひとつの展開形だから。そこをクリアしないと、「このサウンドは○○風ですね」みたいな、企画ものになっちゃう。そういう音は嫌だなと思ってました。『NAKED』を作って、『ガチダチ』を作って、そこで次のイメージはあったんだけど、今までのやり方ではそこにはたどり着けねぇなと。ヒントはたくさんあったけど、どうやっていいのかがわからないというのが、作り始める時点ではありましたね。それを一個一個、さっき言ったみたいな形で追求していくと、どんどんクリアになっていって、「カッケェー」というものにつながっていく。ビックリしましたよ、自分で。「うわー、ここまで行くのか」って。いつも踏み込んでたアクセルが「これぐらいでマックスじゃね?」って思ってたんだけど、「まだまだ踏み込めばスピード出るねこの車」みたいな感じ。しかも、ここまで踏み込まないと自分が納得するものはできないんだなということも、同時に感じてしまったので。けっこうキツイなこれは、とか思って(笑)。

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