【インタビュー】黒木渚、音楽と小説の両翼で自由な表現の空を高く飛ぶアーティストの最新アルバム『檸檬の棘』
長かったが待った甲斐はあった。黒木渚、およそ4年振りのニュー・アルバム『檸檬の棘』。咽頭ジストニアの治療のための休養期間に、小説家として『鉄塔おじさん』『本性』『呼吸する町』など次々と話題作を発表。このまま作家になるのか?と思いきや、彼女の中の音楽家は休むどころか貪欲に新たな音楽の鉱脈を掘り続けていた。かつてない新境地を切り開いた新曲の話を中心に、音楽と小説の両翼で自由な表現の空を高く飛ぶアーティスト・黒木渚。アルバムに詰め込んだ思いをたっぷりと語ってもらおう。
■滅び方を考えることは生き方を考えることとイコール
■どういうふうに死んでいこう=生きていこうということを突き詰めた
──長い時間の溜めがありすぎて、どこから話そうかと。
黒木渚:そうですね。新曲は2年振りなので。
──アルバムでいうと4年振り。最近は小説家の黒木さんといったほうが通りがいいのかもしれないけれど。実際、小説家と音楽家と、どちらが馴染んでいますか。
黒木:どちらも同じくらいになってきましたね。前は圧倒的に音楽家だったんですけど、今はどちらもかなと思います。歌えていない期間が長かったにしては、音楽家としての意識は全然あると思いますけど。
──実際この数年は、小説のことを考えている時間と曲を作っている時間とでは…。
黒木:圧倒的に小説のほうが長いです。
──そこで曲作りのマインドへのチェンジはどういうふうに?
黒木:思いついても声が出ない日もあった。パッとひらめいた時にケータイで録るとかができなくなったので。その間にDTMを勉強して、パソコンはすごく苦手だったんですけど、目的があると頭に入るタイプらしくて、マイクを立てて録音する環境を自宅で整えて、自分でデモテープを作ることを覚えたんですよ。和音の構成とか、パソコンの画面上で音の足し算引き算をすることを覚えたので、作り方は変わったと思います。
──それは2年前の復活シングル「解放区への旅」の頃にはもう?
黒木:いえ、「解放区への旅」の頃はまだ声が出ていたので。その後の新曲は全部そういう感じです。アルバムで言うと2曲目から5曲目ですね。6曲目は元々録っていたので。
──ああー。確かに並べてみると、新曲とそれ以前の曲では感触がかなり違う。
黒木:違いますよね。全然毛色が違う。
──非常に精密で、よく練られた感じが。
黒木:物語を作るように作っていたりしますね。
──そうやって少しずつ曲を書き溜めて、歌入れは喉の調子が良い時を選んで。
黒木:ボーカルレコーディングは日にちを決めてやりました。とにかく集中したいから、全員出て行ってもらって一人で閉じこもって、自分でボーカルディレクションもしました。プロデューサーさんにも出て行ってくださいというのは、なかなか言えないと思うんですけど、これは自分との戦いだと思ったし、作りたいものがはっきり見えていればちゃんとできるので、「すみません!」って。案の定、そっちのほうが喉のコンディションも良くなって、雑念を完全に払しょくして歌えました。それと、一人で閉じこもって作ると、「できました」と聴かせた時に驚かせたいという気持ちが湧いてくるんですよ。それもうまくいった理由かなと思います。
▲『檸檬の棘』【初回限定盤A】
▲『檸檬の棘』【初回限定盤B】
▲『檸檬の棘』【通常盤】
──アルバムの新曲中心に話を聞いていきます。まず2曲目の「美しい滅びかた」。
黒木:冒頭の3行は、11月に出る小説からの抜粋なんです。「心臓をコニャックに漬けて木の下に埋める」というのはショパンのことです。小説の『檸檬の棘』を書いている時は本当に辛かったんですけど、ショパンはすごく落ち着く暗さを持っているので、ショパンの曲を1000回ぐらい聴いて、それになぐさめられて生きていた。だから「ショパンと同じ死に方がしたい」と思って、私も心臓をコニャックに漬けて埋めてほしいと思った。それと、「檸檬の木」は私の人生の象徴でもあって、自分の滅び方を選べることはめちゃくちゃ贅沢だと思ったんですね。滅び方を考えることは生き方を考えることとイコールじゃないですか。私はどういうふうに死んでいこう=生きていこうということを突き詰めて、この1曲にできたと思っています。
──「幸せに滅びてゆく」というフレーズが何度もリフレインしますね。
黒木:これは何に関しても言えるんですよ。恋愛に関しての歌にも聴こえるし、私とファンとの関係性にも見えるし、歌手生命とか選手生命とか、引退とかについてもこの曲で語れると思っていて。人生のテーマソングになったと思いました。
──元々生と死のテーマは黒木さんの曲にずっとあったけれど。これは一つ突き抜けた感じがする。
黒木:私も「トンネルを抜けた!」と思いました。この2年は暗黒のトンネルの中にいたんですけど、最後のほうに「蓋が開きそう」という予感があって。蓋が開いたらどこに行っちゃうんだろう?という不安もあったんですけど、開いてみたら意外と良いものが出てきました。
──3曲目「ロックミュージシャンのためのエチュード第0楽章」には、初参加のメンバーがいますね。SPARKS GO GOの橘あつやさん。
黒木:あつやさんは“あにさん”と呼んでるんですけど、ここ1年ぐらいで知り合いになりました。私が漫画家の高橋ツトムさんと友達で、ツトムさんとあつやさんは「残響エリー」というバンドを組んでいて、それを見に行った時に「ギターうまっ!」ってなって、紹介してもらって。そのあとSPARKS GO GOを見に行って「スリーピースなのに激うまやん!」と思って、帰り道の余韻が3人組のバンドを観た余韻じゃなかったんですよ。もっとゴージャスな印象で、あの正確さと迫力はすごいと思った。普段のあにさんは仏みたいに優しいキャラなのに、ステージ上ではすごいロックしてる、そのギャップから曲ができそうだなと思って書いたのが「ロックミュージシャンのためのエチュード第0楽章」です。先に曲ができちゃって、「あにさんをイメージしたら曲ができたんですけど、1曲どうですか」みたいな。
──それで参加することになった。
黒木:その時私が個人的に抱えていた世の中に対する怒りをあにさんのサウンドのイメージで包むことを考えて、クラシカルな貴族っぽさと知的な感じとアウトローなロックンロールの感じを融合させようと思いました。それがあにさんのプレーそのものだと思ったので。
──この曲は凄いですよ。爆裂してる。
黒木:これはプロデューサーがついてなくて、私がサウンドのディレクションをしました。録る前に「みなさん。最近出てきた若いミュージシャンにいろいろ言いたいことがあると思うから、皆殺しにするつもりでお願いします」と言って、バーンと録ったのがこれです(笑)。もうみんな顔がマジみたいな、ドラムの柏倉(隆史)さんとか青筋立てて叩いているし(笑)。
──あはは。怖っ。
黒木:数テイクで完璧なものが録れて、みんな本当は思ってることがいっぱいあるんだなと(笑)。楽しかったですね。この曲は理論的な間違いが多く含まれていて、「ベースのボディを叩いてください」とか変なことをいっぱいやってるんだけど、それこそがロックミュージシャンのためのエチュードにふさわしいんじゃないか?と。正しいことは全部捨てろ!みたいなところからできあがった曲です。
──そういう、誰かをイメージして作ったことは今までなかった。
黒木:この人とやりたいから曲を作るというのはなかったです。あにさんとスパゴーとの出会いは衝撃でしたね。
──そして「檸檬の棘」。これは小説が先?
黒木:小説が先です。曲としては「檸檬の棘」ができて、そのあと「美しい滅びかた」ができました。小説の中で、私が檸檬の木を家庭崩壊の記念樹として植えるシーンがあるんですけど、その時私は17歳で、初めて檸檬の苗を見た時に「棘があるんだ」と知って、そこに深くグッときたんだけど、その時はそれが何かはわからず。大人になった今考えたら「それは私だったんだ」と思ったんです。すっぱくて棘があってきれいな円じゃなくて楕円で、でも香りは爽やかな不思議な植物と自分が重なって、自分の思春期を表現するのに一番良い植物だなと思いました。
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