【インタビュー】黒木渚、音楽と小説の両翼で自由な表現の空を高く飛ぶアーティストの最新アルバム『檸檬の棘』

■私は「Sick」がアルバムの中で一番好きですね
■次の段階が見えた感じがします

──小説の話はまたどこかであらためてしたいんですけどね。11月5日に出る小説『檸檬の棘』は、黒木さんの自伝というか。

黒木：自伝です。私小説ですね。もちろんフィクションもありますけど、ほぼ事実だと思ってもらっていいです。17歳の時に、弟と二人で檸檬の木を植えました。

──そこは簡単に要約するわけにはいかないので、みなさん本を買ってください。

黒木：よろしくお願いします(笑)。読めばかなり謎が解けると思います。楽曲だけでいいなと思ってくれてもいいですけど、本を読むともっと面白くなると思うので。「檸檬の棘」は暗黒トンネルを抜ける頃にできた曲で、最初は全然違うサビだったんですよ。

──「戦っていなくちゃ」じゃなかった。

黒木：そう。戦っていなかったんです(笑)。全編少女時代の私のままで書いていたので怒りの表現が多かった。それでレコーディングが始まることになって、暗黒トンネルをスコーンと抜けたものだから、視界がバッと開けてサビを変えたんです。だからすごく前向きだし、どこか遠いところへ行こうとしてるのはトンネルを抜けたから。

──17歳の視点に、現在の視点が上書きされた。

黒木：そうです。

──面白いなあ。曲ってちょっとしたタイミングで変わる。

黒木：全然変わります。こんなのデビュー時には歌えなかったし、その渦中にいた17歳の頃にも、こんな明るい曲調は出て来なかったと思います。それは小説を書いたからだなと思いますね。自分のたどってきた道をおさらいして、忘れていたこともたくさんあったし、思春期の苦しかった気持ちは年を取ると忘れようとするものだし、それは人間の優秀な機能だと思っていたのに、わざわざそこを掘り返して書く作業をして、すっごい嫌だったんですけど(笑)。でもこういう収穫もあって良かったなと思いますね。




──5曲目「Sick」については？

黒木：『檸檬の棘』を執筆していた1年間で、文字を書いているのに頭の中に音楽が流れていることがけっこうあって、その音楽をそのまま曲にしたんです。私は左脳を使って言語を吐き出していて、右脳ではショパンを聴いている。その時に頭の中で鳴っている音って不思議じゃないですか。それと、ちょうど暗黒トンネルに入っている時に、喉のせいもあって呼吸がうまくいかないのと眠れないのと、二つの病気を「Sick」というタイトルで歌ってみようと思って、「不眠症と過呼吸」というテーマを作って歌詞を書いていきました。頭の中で鳴っていたのは、明確な楽器の音じゃなかったんですよ。人の声みたいな、オーケストラみたいな、これは何だろう？と考えて、一番近いのはアナログシンセだなと思って、全編アナログ・シンセで構成してもらって。

──ぽよん、ほわん、うにょーという、不思議な音が飛び交う曲。明るいけど、どこか不気味。

黒木：UFOみたいな音も入っているし、不安定なコードを使って眠れない様子を表現したり。間奏でひたすら呼吸をスーハーいってるところがあって、あそこは聴いてる人の呼吸を乱すサウンドを狙っています。苦しい時って自分の呼吸じゃないような感じがするから。あの音を爆音で聴いてるとつられちゃうんですよ。だから聴く人も、私の過呼吸を追体験できる(笑)。

──うーん。嬉しいような嫌なような(笑)。

黒木：わざと長めに入れております(笑)。この曲を作ったのは、暗黒トンネルの真ん中くらいかな。だから内容は暗いです。「ブラックホールへエスケープ」とか、どこかに行きたいんだけど行きたい場所が明るい場所じゃなさそう…みたいな。作家の病み方ってこういう感じなんだなと思いました。私は「Sick」がアルバムの中で一番好きですね。次の段階が見えた感じがします。

──「彼岸花」は前に録っていた曲？

黒木：「解放区への旅」とかを作っている時期に録りました。

──バンドがやりたい放題ぶっ飛ばして、何のリズムかわからないぐらいどんどん変わりながら突っ走っていく凄い曲。

黒木：自分でもミックス終わったあとに「何これ!?」って言いました(笑)。この展開の切り貼りスタイルは初期の頃に近いというか、好き放題やってますね。「彼岸花」も私にとって特別な植物で、小学校ぐらいの時に詩の大会があって、その時書いた詩のタイトルが「彼岸花」だったんです。おばあちゃんの家の周りが田園で、土手一面に赤い花が咲く時期があって、小学生の私はそれを「燃えてる」と表現した。「土手を燃やして彼岸花」というのは、小学生の私が作ったフレーズなんです。それを評価されて初めて賞をもらってすごく嬉しかったから、中学校でも高校でも詩や短歌のコンクールがあるたびに、「彼岸花」を出せば入賞するというジンクスができあがり。毎回なぜか評価されるので、「私はこの花を表現するのが得意なのかもしれない」というのがずっとあって。

──ああー。なるほど。

黒木：彼岸花というのは、地下茎が竹のように一つに繋がっていて、その球根には毒がある。毒があることもいいなと思ったし、おばあちゃんの住む田舎では「幽霊花」と呼ばれていて、それも「なんかいい！」みたいな(笑)。すごく感覚的な曲で、音楽的な統制は取れていないし、歌詞もちゃんとコントロールしていなくて、説明しないで感覚のまま残している。「感じてください」という歌詞だと思います。

──怒りを感じますね。さっきの「ロックミュージシャンのためのエチュード第0章」とはちょっと違うかもしれないけれど。

黒木：近いところはあるかも。これはおそらく日本の音楽シーンに対してだと思います。

──おっと(笑)。でもそんな感じはしました。「空っぽのくせしてダミーか本物かわからない」とか、相当に辛辣。

黒木：つまんねえなって思っていたんだと思います。「みんな本当にそれがいいと思ってるの？」という疑問を感じることはすごく多くて、集団心理で動いてるだけじゃんと思って「もっと自分で考えなよ」みたいなことを言いながら、酒飲んでくだを巻いてる私(笑)。そういう面が出たんだと思います。


──9曲目「タイガー」も新曲ですよね。

黒木：「タイガー」は、いつもアルバムやシングルを作る時に入れる「狂ったEテレシリーズ」です。「ぐるるるる」という音は、子供が聴くとおなかの音に聴こえて、大人が聴くともうちょっと深い意味に聴こえるだろうなと。人は心の中に虎を飼っている、自分の中に獣が眠っているというのは時々感じるんですけど、勇敢にならなきゃいけない場面で、自分の中の獣が代わりに勇気を奮い立たせてくれたり誰かに噛みついたり代わりに鳴いてくれたりする。そういう大人の物語と子供たちが「みんなのうた」で楽しめるようなもののダブルミーニングができたらいいなと。これはゲラゲラ笑いながら作りましたね。「ご飯が炊けたよタイガー」のところは、完全にタイアップを狙っています(笑)。

──新曲は本当に多様なタイプが揃っている。あと休養前のシングル曲も入っているし。

黒木：シングルを出したまま休んじゃって、アルバムで回収できてなかったので。「ふざけんな世界、ふざけろよ」以降の曲を回収した感じです。シングルにしか入ってない曲とか配信でしか出してない曲だけど、人気が高い曲を盤に入れておきたいなと思って、結果的に4年ぶんの浮き沈みが全部入ってるかもしれない。「火の鳥」の時が喉のコンディションが最悪で、でもそれが良いと思って録り直さなかったんですよ。最悪のコンディションの中で、頑張ってこの歌詞を心から歌えたという実感があったし、ミックスしていてけっこう感動しました。

──4年ぶんの濃厚なアルバム。それを引っ提げてライブもやります。今の喉の調子は？

黒木：最悪な時期は抜けて安定しつつあるとは思います。これから何があるかわかんないですけど、やる気はめちゃくちゃある(笑)。今はミュージシャンもスタッフも、周りに最高のチームがいるので、多少困ったことがあっても乗り越えられる気持ちがあるんですよ。大人が本気出せば何とかなる！みたいな、私は頑張ってどっしり立っていようと思います。

──今後の活動は、音楽と小説の両輪で。

黒木：はい。ちょっと前に握手会をやったんですけど、「新聞の書評で見て気になって買ってハマりました」とか、本から入って来てくれる人もいてありがたいです。本はやがて映像化されて、という楽しみもあるけれど、私の場合はそれがライブになって、劇場で具体化される楽しみもあるから。音楽から入って来た人も小説から入って来た人も、どちらも楽しめるのかなと思いますね。

取材・文●宮本英夫




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