【コラム】エディ、今までありがとう

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エディが亡くなった。え、ウソでしょ?というのが率直な感想だった。舌癌報道からかなりの年月が経っていたし、報道後も来日公演で元気な姿を見せていたこともあって、なんだかエディに限っては大丈夫なんだろうとたかをくくっていた。覚悟が足りなかった。

私の音楽人生の要所要所にエディの存在があった。ギターを始めたとき、ちょうど『炎の導火線』が世に登場した。ハードロック/ヘヴィメタルのギターを弾きたいと思っていた私だったから、背伸びをしてヴァン・ヘイレンのコピーにチャレンジしてみたりもした。ギタリストとして一つ一つ階段を上がっていったけれど、エディのプレイは自分が歩くステージレベルとは雲と泥ほどの差があったので、ライトハンドを真似てみる程度しか影響は受けられなかったけれど、彼のブラウンサウンドには、いつか到達するんだという野心が芽生えた。そこから30年間、ギターサウンドへの執拗な探求が続いたのも、ブラウンサウンドの魅力に取り憑かれたからだった。

私はプロギタリストになりその後音楽プレイ雑誌の編集者になり、ヤングギター編集長の時代には晴れてエディの取材も行うことができた。その後BARKS編集長になっても、私はブラウンサウンドを出すために様々な機材を手にし経験を重ねていった。そしてその間に知り合ったミュージシャン…ことプロギタリストの多くが、エディの偉大さを知っていたし、その届かぬ存在感へ大いなる畏敬の念を抱いていることも知った。

もちろんエディからの影響を隠そうとするギタリストも多かった。1978年のあまりに衝撃的なデビューとその影響力の比類なき大きさゆえ、多かれ少なかれ誰もが影響を受けてしまったという圧倒的な事実に対し、多くのギタリストが自らのアイデンティティを見失いかけたからだ。「エディから影響を受けました」なんて、あまりに当たり前過ぎてダサかったのだ。

私はギタリストを辞め編集者になったので、エディのプレイを執拗に追うことは止めいつしかライトハンドもやらなくなった。エディのプレイが大好きでしょうがないギタリストと、別にどうでもいいと思っているロックファンの気持ちのどちらもわかるような心持ちを会得しながら、ヴァン・ヘイレンの解散/脱退/確執/活動/再結成…のドタバタ劇を見守っている立場になった。

そんな冷静になれた私だったけれど、2013年東京ドームでのライブでは、無意識なのにいきなり涙が出て止まらなくなったという、忘れられない出来事が自分の身に降り掛かった。あれは何だったんだろう。東京ドームの1階席だったが「うわ、音悪りーな」「全然フレーズが分かんねー」と沈着冷静な精神状態のままセットリストがこなされており、いつものエディソロコーナーに突入してもなお、予め観ていたYouTubeでの他国ライブと全く同じ構成だったゆえ、「はいはい、分かっていますよ」という心持ちのまま「なんだか感動できなくなっちゃったな…」と冷めた目で見ていた。…のだけれど、「スパニッシュフライ」から「イラプション」のライトハンドに突入したその時、自分の中に埋もれていたらしいなんだか知らない涙腺崩壊スイッチがポチッと入った。いきなりだった。

全く聞き取りづらい最悪の音響だし、エディの姿も豆粒なのに、涙で景色がますます見えなくなった。「え?なんで泣いてんの?俺」だった。「男の子は泣くもんじゃない」と昭和一桁生まれの母親に厳しく育てられたので、この状況は自分でも理解できなかった。「このサウンドを初めて聞いたとき、これはなんだ?と震えるほどの衝撃を受けたっけ」「エディの音ってすごく歪んでいるように聞こえるけど、なんでこんなにクリーンなのかな」「ブラウンサウンドって、どういうニュアンスの意味なんだろう」「このスナップの強さって、リズムの縦に対してどうか絡んでいるのかな」…自分の青春を費やしたその時の葛藤や思いが、エディの存在にたくさん絡みついていたことに気がついて、感傷的になったんだろうか。

そのときに涙をたくさん流したので、今は涙は流していない。相当なショックだけれど、でも僕のライブラリーには、ヴァン・ヘイレンの全アルバムがあるから、全然悲しくも寂しくもない。昔は好き嫌いもあった各アルバムだけれど、今ではデイヴ時代もサミー時代も、等しく楽しめるようになった。なんだかやっと、肩の力が抜けて、ヴァン・ヘイレンというキラキラしたロックを存分に楽しめるような気がしてきた。

エディ、今までありがとう。僕の人生の色んなシーンであなたがいたずらしていたよ。

文・烏丸哲也(JMN統括編集長)
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