【対談】DAISHI [Psycho le Cému] × RYUICHI [LUNA SEA]、「できないことをやろうとしている」

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かつては同系列の音楽事務所(Sweet Child / Sweet Heart)に所属していたLUNA SEAとPsycho le Cému。そのヴォーカリストにしてフロントマンのRYUICHI(河村隆一)とDAISHIの初対談が実現した。

◆Psycho le Cému × LUNA SEA 画像

今年結成32周年を迎え、コロナ禍で延期となっていた30周年記念ツアー<LUNA SEA 30th Anniversary Tour 2020 -CROSS THE UNIVERSE->を再開させているLUNA SEA。一方、結成22周年を迎え、やはりコロナ禍による紆余曲折を経て8月14日に地元・姫路での凱旋公演<理想郷旅行Z 〜二十年後の僕たちへ・・・〜>を行うPsycho le Cému。緊急事態宣言発出によるツアーやイベントの延期/中止といった難しい状況を乗り越えるべく、今も力強く歩みを進めている2バンドだ。

1990年代の系列事務所所属当時のトークは初出しの貴重なものばかり。互いにボーカリストとして大切にしていることとは何か? モニター論やマイクのチョイス、トレーニングによる身体づくり、そして、7月22日および23日に開催される“マイクを使わない”教会ライヴ<Ryuichi Kawamura No Mic,Two Speaker Concert at Gloria Chapel>、<Psycho le Cému 理想郷旅行Z ~二十年後の僕たちへ…~> 振替公演など、多岐にわたり語り合ってもらった。

   ◆   ◆   ◆

■だから俺らLUNA SEAになられへんねん!
■っていうメンバー全員の口癖があるんです

──かつては系列音楽事務所の先輩後輩という間柄だったお2人ですが、初対面はいつ、どんな形でした?

RYUICHI:たぶんライヴに来てもらった時に挨拶したとか、そんな感じだよね?

DAISHI:そうです。僕自身はもちろん昔からLUNA SEAさんを観ていますけど、お会いしたのは事務所に所属してからです。社長に「LUNA SEAのライヴ、観ていいよ」と言っていただいたので、メンバー全員で行って、楽屋打ち上げの時に少しご挨拶をさせていただいたと思います。

──その時のRYUICHIさんの第一印象はどうでしたか?

DAISHI:僕は高校生の時にLUNA SEAさんのコピーバンドをやっていて、人生で一番聴いたのは『EDEN』(1993年発表)なんじゃないかな?というぐらい。だから、いわゆる“芸能人の方にお会いした”というイメージでしたね。社長から初めて声を掛けていただいた時も、事務所に入ることを決めた時も“LUNA SEAさんがいるから間違いない”という想いがメンバーの中ですごく強かったし、とても大きな安心材料でした。


▲RYUICHI / 河村隆一 (Vo / LUNA SEA)

RYUICHI:僕はPsycho le Cémuに対して、“上手いバンドだな”という印象がありましたね。

DAISHI:本当ですか!?

RYUICHI:うん。LUNA SEAのメンバーとも、「今度事務所に〇〇っていうバンドが入るらしいよ」という話は、結構楽屋で出るんですよ、そこまで深く話すことはなくてもね。「〇〇っバンドはこうだよね」みたいに。

DAISHI:ええっ!? うちのメンバー、それを知ったらすごく喜ぶと思います。

RYUICHI:僕らにとって“何が正義か?”と言うと、まずは、“どれだけ音楽に対して情熱を持っているか?”。例えば演奏が上手いとか、リズムがいいとか、歌が上手いとか、それって訓練しないとできないってことが、僕らは分かっているんだよ。つまり、上手くなるために何百時間、何千時間もずっとスタジオにこもってやっているんだろうな、という背景を感じるんですよ。“音楽がすごく好きなんだな、コイツらは”というのを感じた時に、「なかなか上手いね、あのバンド」という話になるし、それはLUNA SEAとして認めているということなんですね。

DAISHI:へ~!

RYUICHI:怖い先輩に対してもそうでしたから。仮に“あの人、ヤバイよね”とか“この人と音楽の話をすることはないだろうな” と思っていても、CDを聴いたり、実際にライヴに行った時に、“やっぱりこの人たちってすごいんだな”って安心するというのかな。理解できるノリしろを感じさせてくれるというか。打ち上げでただ暴れてるだけの先輩だったら、理解できないですよ(笑)。Psycho le Cémuを観ても、それはすごく思ってましたね。

DAISHI:僕らはこんな格好をしていますし、まだまだですけど、姫路時代からそういう教えを受けてきたんです。姫路バンドの多くは音がしっかりしていたので。

RYUICHI:そういう経験は大事だよね。

DAISHI:はい。いくら見た目が派手でも、ちゃんと音楽をやらないとダメ、と教えてくれた地元のライヴハウスの店長とかには本当に感謝ですね。叱られて、すごく練習した記憶があります。まず、歌は言葉がハッキリ聴こえることが大切とか。

RYUICHI:Psycho le Cémuはもう結成20年以上?

DAISHI:はい、今年で22年になります。

RYUICHI:長いですね。俺たちより10年ぐらい若くても、もうベテランですよ。表現の方向性やヴィジュアルの打ち出し方、音楽のあり方が少しずつ変化しても、やっぱり音楽好きっていうのが根っこにあって、だからこそ支持され続けているんだと僕は思いますけどね。ライヴを観て“えっ? これだったら観ないほうがよかった”となってしまったら、続かなかったと思うんですよ。

DAISHI:続けたくても、できない状況に陥ってしまいますよね。

RYUICHI:僕らの時代もそうだけど、特にヴィジュアル系と呼ばれるシーンはライヴハウスで対バンという形がメインだったでしょ。今でこそ大型音楽フェスがいっぱい存在しているけど、そこで問われるのもやはり実力ですよね。つまり、闘いに勝ち続けるということ。例えば海外アーティストが<SUMMER SONIC>や<FUJI ROCK FESTIVAL>に出演すると、ファンの皆さんは「あのバンド、ライヴは大したことなかったね」とか「やっぱあのバンドすごいわ」とか、そういう話を絶対にするじゃないですか。パフォーマンスやそこで出す音が肝になるし、そこでの評価が活動を支えるんだと思います。

DAISHI:僕ら、リハーサルとかレコーディングで失敗した時に「だから俺ら、LUNA SEAになられへんねん!」っていうメンバー全員の口癖があるんです(笑)。

RYUICHI:はははは! どういうこと?


▲LUNA SEA

──「だからLUNA SEAになられへんねん」というのは、何が足りないということなんでしょうね。LUNA SEAをLUNA SEAたらしめる魅力とは何だと思われますか?

DAISHI:個々の強烈な人間性がバチバチッ!ときてる感じ。メンバー間の人間力の闘いみたいなのを感じるんですよ。<VISUAL JAPAN SUMMIT>(YOSHIKIが旗振り役となったヴィジュアル系音楽フェス/2016年開催)では、LUNA SEAさんのステージを袖で観させていただく機会がありまして。その時、LUNA SEAさんはリハーサルをしなかったと思うんです。

RYUICHI:そうだったかもしれないね。

DAISHI:ステージに登場するなり、“ドチャーン!”と鳴らした最初の一発で、メンバーの皆さんがPAさんにジェスチャーで指示出し(※モニターバランス調整)してて。それ一発でバシッと音が決まるんですよ。あんなの僕らにはできないですもん。

RYUICHI:いやいや、決まってないんだけどね(笑)。本当は苦労してるんですよ。今のPAチームとは、すごく長く一緒にやっているので、あうんの呼吸があるかもしれないけどね。

DAISHI:合図を出すジェスチャーまで含めてステージングみたいで、すごくカッコ良かったんですよ。袖で観ててビックリしましたね。

RYUICHI:たまたま、いい時に観てもらっただけだよ(笑)。

──豪華出演アーティストが3ステージのタイムテーブルにひしめいて時間がない中、慌ただしく進んでいくフェスでした。DAISHIさんのおっしゃられるように、リハーサルがほぼできないフェスのステージで、いつもの音を出せるバンドってカッコいいし、経験と実績の成せる業なんでしょうね。

RYUICHI:きっとDAISHIもそうだと思うんだけど、満たすことができる場所とある程度の諦めが必要な場所と、その両方があるよね?

DAISHI:はい。僕はイベントにもよく出るので、そういうことはありますね。

RYUICHI:“この環境でやると腹を決めてライヴするしかない”みたいなところがイベントにはあって。細かく打合せても、最後まで上手くいかないまま終わっちゃうこともあるから。特にモニターのつくり方はね。僕はイヤモニをせずに、転がし(足元等に置くタイプのモニタースピーカー)でしか音を聴いてないので。

DAISHI:モニターには何の音を返してるんですか?

RYUICHI:必ずステレオでギターを返してもらって。それに対してドラムが小さければもっと上げてもらうとか、そういう感じ。自分の歌に関しては「もうちょっと硬く返して」って言うことがあるんですけど、そこについては予め「硬くする時は250Hzを下げよう」とか、エンジニアさんと僕とで幾つかの選択肢を用意してるんですよ。「今日は3kHzを上げるのはやめて、250Hzを切るだけにしよう」とか、「この会場は800Hzを切るだけにしよう」とか。そういう風に決めていくから、それで解消できなければ、あとはもうその環境でやるしかないっていう。

DAISHI:LUNA SEAさんを担当されていたPAの方に、Psycho le CémuのPAをやっていただいた時は、「RYUICHIさんがどういうモニターのつくり方をしているのか?」を質問攻めしたので、ある程度知っているんですよ。「オリーブオイルを浸したパンの欠片を喉に」……とかいう話も聞いたことがあるんですが、本当ですか?

RYUICHI:いや、それはあまりしないけどね(笑)。

DAISHI:あれ…? 間違った情報も入れられてるのかな(笑)。

RYUICHI:かもしれない(笑)。

DAISHI:「ステージで耳栓をしてる時がある」と聞いて、僕も試してみたりしたんですけど。

RYUICHI:それは以前やってましたね。当時担当してくださったPAさんが「ゴリッとさせるから」とか、あまり細かくないタイプの方だったので。今のチームは“何Hz”というところまで指定して詰めていくチームなので、また違うんですけどね。

DAISHI:たしかに、そのPAの方はモニターが爆音だったかもしれません。僕は回り込みの音が入ってくるのが苦手なので、あまりうまく音程を取れなくなったこともあって。

RYUICHI:モニターの調整が上手くいかないって、ヴォーカリストにとって一番のウィークポイントかもしれない。でね、失敗する瞬間って錯覚しているんだよ、絶対。モニターから返ってくる音を聴いて、その音程に合わせて歌うんだけど、その“合ってる”と思い込んでいるもの自体が、回り込みの音だったり、いろいろな要因を受けて化けている。それって聴感的には分からないんだよね。例えば、甘いと思って塩を振ってたら、“もうしょっぱいよ”ってなるところまで気付かないみたいなことが、ライヴではよくあるので。だからみんなイヤモニをするようになるんですよ。

DAISHI:これはもう、ヴォーカルにしか理解できない話かもしれないですね(笑)。僕はここ何年かでイヤモニに変えました。そのイヤモニもワイヤレスにしてみたり、ワイヤードにしてみたり、今、いろいろ試しているところで。

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