【コラム】ポール・マッカートニーの書き下ろし&語り下ろしによる154曲の歌詞解説書『THE LYRICS』が翻訳出版

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ポール・マッカートニーが自身の作品の歌詞をみずから語った初めての書ということで、海外で昨年11月に発売され、権威あるブリティッシュ・ブック・アワード2022で、ノンフィクション:ライフスタイル部門のブック・オブ・ザ・イヤー賞を受賞した『THE LYRICS』という書籍が、いよいよ日本語に翻訳され、6月18日に発売となる(ちなみにこの日はポール・マッカートニーの誕生日)。出版するのは、「ギター・マガジン」「サウンド&レコーディング・マガジン」といった音楽クリエイター向けの雑誌や教則本を数多く発行している株式会社リットーミュージックで、ビートルズ・ファンならば、『THE BEATLES ANTHOLOGY』や『Beatles Gear』(白版)を翻訳出版した出版社として記憶にあるだろう。翻訳はビートルズのオフィシャル・ファンクラブとして知られるザ・ビートルズ・クラブの面々が全面的に担当している。

▲愛娘メアリーの撮影による著者近影/2020年、イングランド、サセックスにて(©Mary McCartney)

今回このコラムを書くに当たって、短い時間ではあったが、2セットしかない商品とまったく同じ形態のパイロット版のうちの1セットをお借りできたのは幸運だった。まずこの点に関してリットーミュージックのご協力に感謝したい。おかげで、たぶん実物からテキストを引用してのレポートは、日本ではこれが最初のものとなるはずだ。本当ならページの写真などもお目にかけたいところだが、原著の版元との契約上それは難しいということで、あらかじめ宣材用に許可された写真の掲載のみとなってしまう点は、ご寛恕願いたい。

▲TV番組『Thank Your Lucky Stars』の楽屋で/1963年、イングランド、バーミンガムにて(©MPL Communications Inc/ Ltd)

ポール・マッカートニーが本書のために書き下ろした序文によれば、本書は2015年に義理の兄であり、友人であり、アドバイザーでもあるジョン・イーストマンと、出版社のボブ・ワイルが執筆を勧めたものだという。そして、それまで歌詞に込められている内面的な意味の掘り下げなどに時間を費やすくらいならば創作活動に時間を割きたいと考えていたポール・マッカートニーが、その考えを覆した陰には、本書の編者としてクレジットされている、聞き手兼編集者としてのポール・マルドゥーンの存在があった。序文には、自分の曲の歌詞を掘り下げることが有益であり、かつ意義ある謎解きの冒険でもあることに、遅ればせながら気づくことができたのは彼のおかげであると書かれている。このポール・マルドゥーンに対するポール・マッカートニーの信頼は絶大のようで、少し長くなるが、序文からまるごと一節を引用してみよう。

──そう思えるようになったのは、ひとえにポール・マルドゥーンが語らいの相手だったおかげである。彼は、僕とジョンやヨーコとの間にあると言われている確執について知りたがったり、ゴシップや秘密を探すような三文伝記作家ではない。また彼は、すべての言葉を聖典のようなものに変えてしまうような、度を越したファンから作家に転身した人でもなかった。僕が惹かれたのは、彼が詩人である点だった。彼は僕と同じように言葉に関心を持ち、韻律の持つ作用、言い換えれば、歌詞も音楽の一角を成す要素であり、それがメロディと組み合わさることでさらなるマジックが生まれることを理解していた。彼との語らいは5年間にわたり、大半はニューヨークで、数回はロンドンで行われた。同じ街にいるときは、必ず彼に会うようにしていた。長い期間だったが、話せば話すほど互いに共通点が多く、時を経ずして気心の知れた関係となった。それには、我々がともに詩人というだけでなく、アイルランドの伝統、つまりルーツを共有していたことや、彼がロックンロールを演奏し、曲を書いていたことなども無関係ではない(「序文」から)。

▲リバプールの自宅にて弟マイクが撮影した1枚/1958年、リバプールにて(©Mike McCartney)

さらにこの序文では、父親、母親、兄弟、親戚、友人、恋人、恩師が、彼のパーソナリティにどれほどの影響を与えたかが細かく綴られ、もちろんそこにはジョン・レノンをメインとしたビートルズのメンバーとのエピソードも書かれている。個人的に、おやっ?と思わされたのは、彼が自分のアイデンティティの基層に、父祖の地であるアイルランドを置いていたことだった。この彼の“自分のルーツはアイルランドにある”という思いは、語り下ろしによる歌詞解説本文にもキーワードとしてたびたび現れる。ルーツを意識して何かを語るポール・マッカートニーというのは意外であり、本書から得られた新鮮な驚きだった。

▲ジョージ・ハリスン、ジョン・レノン、デニス・リットラーと/1958年、リバプールにて(©Mike McCartney)

では肝心の歌詞解説部分に目を向けてみよう。前述の原著の版元との契約によって、引用が許されている本文は序文をはじめとするいくつかの歌詞解説本文に限られているが、ここでは「Dear Friend」のページから冒頭と末尾の段落を抜き出してみることにする。

──ジョンのことが頭に浮かぶたびに、僕らが公然と、時には激しく口論していたことを残念に思う。この曲を書いた1971年初頭、彼は『Rolling Stone』誌でアルバム『McCartney』を“ゴミ”と呼んでいた。本当に厄介な時代だった。この記事は“お前はお前の道を行け、俺は俺の道を行く”という君の意思表示なのか? 僕らは完全に訣別してしまうのか?と、友情が壊れてしまったことを悲しく思っていたとき、頭の中にあふれ出てきたのがこの曲だった(「Dear Friend」本文冒頭から)。

▲『Abbey Road』のジャケット撮影時にジョン・レノンと/1969年、ロンドン、アビイ・ロード・スタジオにて(©Paul McCartney / Photographer: Linda McCartney)

──最後の数年間をジョンと仲良く過ごせたことがとてもうれしい。彼が殺される前には本当に楽しい時間を過ごした。もし関係が悪かった頃に彼が殺されていたら、僕にとっては間違いなく最悪の事態となっただろう。“ああ、ああすればよかった、こうすればよかった……”と後悔したはずだ。それは僕にとって巨大な罪悪感になっていたに違いない。だけど、幸いなことに、僕らの最後のおしゃべりは、パンの焼き方を語り合う、とてもフレンドリーなものだった(「Dear Friend」本文末尾から)。

▲ポールの部屋でジョン・レノンと「I Saw Her Standing There」を制作中/1962年、リバプールにて(©Mike McCartney)

愛憎相半ばするポール・マッカートニーとジョン・レノンのいきさつについては、ファンならば悉知の事柄と言える。重要な局面でのふたりのやり取りならば、台詞のように暗記してしまっている人もいるだろう。しかし、歌詞の成り立ちを軸に当時の状況を説明し、80歳を前にした今、それについて顧みる……というテーマに則って、本人の口からあらためて語られると、従来目にしてきたインタビューのまとめ本や、ポール・マッカートニーをよく知る(とされる)第三者による評伝とはだいぶ趣が異なるように感じたのは事実である。こういったポールとジョンの一件にとどまらず、本書の中には古くからの熱烈なファンにとって、“その話はすでに知っている” と思える記述が随所に出てくるはずだが、本書の記述にはたとえすでに知っていることであっても、これまでとは別の面白さがあるのは間違いない。もちろん本書には、既出のエピソードだけではなく、本書によって初めて知らされる事実や初めて見る写真もふんだんに用意されている。ただしそれらの部分についてはここでは触れず、みなさんが御自分で読んでからのお楽しみとしておこう。

▲ポール・マッカートニー自筆による「Band on the Run」の歌詞/1973年(©MPL Communications Inc/ Ltd)

本書に取り上げられているポール・マッカートニーの楽曲は、ごく初期に書かれたものから最近のものまでを含む154曲。それらの歌詞解説とそれに関連する写真や手書きの歌詞原稿・スコアなどが、上下巻の上製本、計912ページにわたって、特製のクロス貼りボックスに収録されている(原著が10インチ×8インチの判型だったのに対して、翻訳版は国内規格に合わせてAB判となり、天地左右とも数ミリずつ大きい)。また、翻訳版は、本体のクロス貼りボックスが輸送時に損傷するのを防ぐために、さらに外側を段ボール製のカバー・ボックスで覆うという周到さだ。コレクターズ・アイテムにふさわしいこの豪華な装丁と、圧倒的なページ数を考えれば、税込み16,500円という価格もファンにとっては納得だろう。実物を手にすればその重量に驚くと思うが、ポール・マッカートニーの事績が詰まった自伝的著作だと考えれば、その重さもまたファンには心地よく感じられるに違いない。まさに読み応え十分な、価値ある1冊である。実際、パイロット版をお借りできた約3時間は、仕事を忘れて読みふけっているうちにあっという間に過ぎてしまった。

文◎鳥居 遷

『THE LYRICS』

ポール・マッカートニー(著)/ポール・マルドゥーン(編)
AB判/フルカラー上製本2巻組/912ページ:Volume 1(432P)+Volume 2(480P)
定価16,500円(本体15,000円+税10%)
2022年6月18日発売

掲載曲目、トレーラー映像、その他の詳細はこちら
https://www.rittor-music.co.jp/product/detail/3121317101/

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