【インタビュー】令和に異彩を放つ“きばやし”「死なないでいてくれたら、また私の曲でなんとかしてやる」

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■ 私が求めてることは、「死なないこと」だけなんです

──このEPは、後半の収録曲が重めになっていますよね。5曲目の「Question」が生まれた経緯を聞いてもいいですか?

きばやし:はい、大丈夫です。19歳くらいの頃に元になる曲を書いたんですけど、その時は「Queer」というタイトルでした。きっかけは、LGBT法関連のニュースがTwitterとかで炎上してたんですよ。「そんなことよりやることがある」「そういうのは特別扱いだ」とか。もちろん賛成の意見もありましたけど、前者の意見のほうを面白がってみんながさらに火を大きくするような状況に対してモヤモヤして、何か書けないかなって思ったんですけど、すごいセンシティブな話題だし、LGBTそのもののことを書くのもなって迷っていて。でもちょうどその頃、時代性もあって周りにカミングアウトしてる子もいて、そういう子たちが悪口を言われたり親に認められなかったり嫌な思いをしてることを間近で見ていたので、「それこそ特別扱いじゃん!」って感じて、すんなり受け入れられない世界がすごく嫌になったんです。こんな事言うと冷たい人間だと思われるかもしれないけど、どうせ他人じゃんって思うんですよ。その人たちが楽しく生きればいいじゃんって。困ってる人に対しては怖がって手を差し伸べられないくせに、目立つ人のことだけ攻撃する状況にモヤモヤして、変わったらいいなって思ったので書きました。もしこういう分野のことが解決してもまた新しい壁が出てくるだろうし、そもそも人と人は分かり合えないだろうし他人の本心なんて知り得ないんだから、表面の形式のことくらい認め合えばいいのにと思う。それで、この特定のテーマについて書いていったんですけど、ノーマルの人たちとの隔たりを作るのがいけないと思うようになって、どんどんLGBTQとかも関係なく、全ての人にとっての「人を愛すること」について歌いたくて完成させた曲です。

──1番のAメロは男の子同士の関係を描いて、曲が展開していくうちに全人類について歌われていくという構成にそれが表れていますよね。この曲はミュージックビデオも素晴らしくて。

きばやし:最高ですよね。監督さんが井上青さんという方で、友達のMVを手掛けていて映像の質感がすごい素敵だなと思っていたんです。最初にいただいた企画書に、「人と人が分かり合えないことは、思ったよりもずっとつらい」という題字が入っていて、私めっちゃ心震えちゃったんですよ。今まで自分の楽曲でいろんな視点から細かく表現して説明してきたことを、井上さんはひと言で説明してきた! どうしよう!って(笑)。このセンスがすごかったので、曲の端的な説明だけしてあとは完全に井上さんの感性に任せたので、ほぼノータッチです。


──映画のような作品ですよね。口で説明すると野暮になっちゃうので、とにかく観てほしいです。そしてEPの最後に収録されているのが「天国より」。きばやしさんの曲には生きること、死ぬことを描いた曲が多いと思いますが、現時点でのそういったテーマの代表曲だと思います。

きばやし:自分で言うのもなんですけど、私にはすごく繊細な部分があって。テレビとかで、自殺のニュースだったり人が亡くなったニュースを見るとマジで泣いちゃうんですよ…。中学生くらいから死ぬことをすごく意識し始めて、思春期特有の「死んじゃいたいな」っていうような気持ちって誰しも一回は経験してると思うんですけど、そういう気持ちから逃れられないというか。行動に起こすまではいかなかったんですけど、「死にたい」って思ってしまって、今でも全然たまに思いますし。でも、死を意識することってすなわち生きることだと思うんです。生きている以上、死から逃れられないじゃないですか。死ってネガティブだけど目を逸らしてはいけない。でも、自ら死ぬことって一番死から目を逸らしているなって思うんですよ。もちろん私も嫌なことがあった時は、「死にてー」って思うけど、実際に自ら死を選ぶということは、生まれて成長して老いて死んでいくというサイクルから自分から離脱するということだから、それは本当にもったいないと思うんです。でも私は、飛び降りようとしている人を全員助けに行くことはできないし、助けようとしても死んでしまう人もいるわけで、そういうことにすごくモヤモヤする。もう全部の曲がモヤモヤから生まれてるんですけど(笑)、そんなふうにモヤモヤしてる中で、死のうとしてる人に「死ぬな」とか「生きろ」って言えないわけですよ。出した答えが命を終わらせるというところまで及んでしまうのはとんでもなく悩んでるからで、その人なりに考えたわけだから否定できない。

──はい。

きばやし:「死ぬな」も「生きろ」も言えないんだったらなんて言おうって考えて辿り着いたのがこの曲の表現です。「死んでもいいけど、本当にそれでいいの?」っていう言い方しか私にはできないなと思ったんです。実際、友達とかに言ったことあるんですよ。「死んでもいいけど、今度あそこ行こうって言ってたのに、いいの?」って。それくらいしか、相手を傷つけずに言えることってない。答えを出すのは後回しでいいと思うんですよね。曲自体も、最後まで聞きたくなるような言い回しを色々考えた末にこうなっていて、この曲を聴いているあいだだけでも生きててくれればいいと思うからです。実際に誰か救えるかはわからないんですけど、救えたらいいなっていう思いを一番込めてる曲ですね。私が求めてることって、「死なないこと」だけなんですよ。あわよくば全員が老衰で穏やかに亡くなってほしいくらい。めちゃくちゃ高慢なんですけど、死なないでいてくれたら、また私の曲でなんとかしてやるからと思っています。雑に聞こえるかもしれないけど、それって私の中ではめちゃくちゃ思いやりのある動機で、それが今回のEPにはすごく込められています。


──他人の生死にまでコミットしようとする心持ちが、きばやしさん特有の包容力のある歌声、スケールの大きい歌に繋がるのかなと思いました。

きばやし:あぁ…私すぐ想像しちゃうんですよ。自分が何か嫌なことをされた時、もちろん自分の中で嫌な感情も生まれるんですけど、この人何かあったのかな?って相手のことが気になっちゃう。自分がただイライラしてるだけで終わらせるよりも相手のことも考えるようにシフトするとWin-Winになりますよね。愛の大きい人みたいに捉えられることもあるんですけど、全然そんなことないんです(笑)。

──でも、それでいいサイクルが起きれば世界が良くなっていきますね。

きばやし:そうですね。いい世界になってほしいと思っています。

──最後に、きばやしさんがなりたいミュージシャン像とは?

きばやし:どんどんバージョンアップ、更新していきたいです。向上心とはちょっと違って、上を目指すというよりは、よりよい自分になっていきたいですね。世界もみんなも、よりよくなってほしい。それに尽きると思うんです。急に白色から赤色になるのも面白いかもしれないけど、白がより綺麗な白になることが一番だと思う。だから成長して、「こういう人になりたい」って思ってもらえるような人になれたらいいですね。別に、リーダーや神になりたいわけじゃなくて、中学生くらいの時ってかっこいい先輩が言ってることをそのまま真似したくなることあったじゃないですか(笑)。そんな人になりたいですね。

──そのためのステップの一つとして、まずは7月26日に月見ル君想フで企画ライブ<エデンを探して>が控えています。

きばやし:前回の『生活」というEPは日常の出来事にフォーカスした作品だったんですけど、今回のEPは自分が抱くそのままの感情にフォーカスした作品なので、それに関連して<エデンを探して>というタイトルをつけました。「幸せになりたい」「ラクしたい」っていう漠然とした欲望をみんな抱えているはずなのに、日常では阻まれることが多いので、みんなの欲望を解放する日にしたいと思います。みんなにとって自分が楽しい方向に進んでいくきっかけになればいいですし、自分自身にとっても成長する節目のライブになると思うので、皆さんに素直な言葉を伝えられるようになるきっかけにしたいです。

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取材・文:堺 涼子

■2nd Digital EP『うつしよ』

2023.7.5 Release
配信URL: https://kibayashi.lnk.to/utsushiyo

1.エデン
Lyrics & Music:きばやし Arrangement:保本真吾
Guitar:西川進
Bass:後藤次利
Drums:平里修一

2.知らないおっちゃん
Lyrics & Music:きばやし Arrangement:ヤマサキテツヤ

3.プカプカ
Lyrics & Music:象狂象 Arrangement:ヤマサキテツヤ

4.(女子のいうところの)かわいい
Lyrics & Music:きばやし Arrangement:ヤマサキテツヤ

5.Question
Lyrics & Music:きばやし Arrangement:山口隆志

6.天国より
Lyrics & Music:きばやし Arrangement:Shingo Suzuki (origami Productions)

きばやし企画ライブ<エデンを探して>

日程:2023年7月26日(水)
会場:南青山 月見ル君想フ
開場開演:19:00 / 19:30
前売 ¥2,500 / 当日 ¥3,000
出演者:きばやし、栢本ての、fusen
チケット:https://eplus.jp/sf/detail/3886600001-P0030001

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