日本ロック界の革命

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日本ロック界の革命

この先半年、もしくは1年先の日本の音楽シーンを睨んだ場合、絶対に不可欠な存在となるはずのバンドをここでいち早く紹介しておこう。その名はアートスクール
23歳のうつむき加減の色白の美少年、木下理樹率いる4人組。その存在は下北沢周辺のライヴハウスではかねてから話題を呼び、一部においては「下北バンドのネクスト・ブレイク最右翼」なる呼ばれ方さえしている彼らであるが、アートスクールの持つスケール感は、そんな陳腐な表現ではあまりにも小さすぎる。

アートスクールの野望。それはズバリ、“日本ロック界の革命”、それに他ならない。


僕はニルヴァーナみたいに音楽シーンのド真中に食い込んで行きたい

最新アルバム

『シャーロット.e.p.』

2002年04月05日発売
123R-5 1,575(tax in)

1 foolish
2 シャーロット
3 プール
4 Fade To Black
5 I hate myself
6 It's a Motherfucker

アートスクールが誕生したのは今からちょうど2年前。それまで宅録中心のソロシンガーとして活動していた木下が、彼自身が好むところのギター中心のハードでタイトなバンド・サウンドを追求すべく、ライヴ時のバックバンドを基に結成した。それは彼自身にとっての中学時代からの目標であり理想に一歩でも近づくためでもあった。

ニルヴァーナのカート・コバーンの歌には、どんな絶望に直面してもその先にはいつも希望があるし、根底の部分で人とつながっていたいという気持ちが強いんですよね。僕はそんなカートの歌に生きて行くための希望を与えてもらった。だから、カートが僕にしてくれたように、僕も傷ついたり疎外感を抱いているような人に希望を与えたいんですよね」(木下理樹)

常々そう語る木下だが、そんな彼の意思は首尾一貫してアートスクールの全てに反映されている。

焦燥感や苦悩・悲しみを乗せた、哀愁と激しさが交錯したグランジィなギターはもちろんのこと、木下の敬愛するレオス・カラックスや中原中也といった、思春期の青年の揺れる心情を描いた映画や文学の影響が色濃く出た歌詞。

これをトレードマークに、彼らは2000年秋にEP「SONIC DEAD KIDS」をリリースして以来、2001年春「MEAN STREET」、同年秋「Miss World」と順調にEPを発表していき、インディのシーンにおいて話題を集めて行った。

そして、その、インディ時代における最後の決定打とも言える傑作「シャーロット.e.p」を彼らはこの4月5日に発表。この作品において、彼らはかねてから高かった前評判をも遥かに凌駕するほどの目覚ましい急成長を遂げているのだ。

これまで課題とされていた木下の歌唱力は、その若い頃の郷ひろみや元ブランキー・ジェット・シティの浅井健一にも通じるクセになるようなきわどいハイトーン・ヴォイスを活かすべく、音程の高低、声の強弱、そしてファルセット・ヴォイスを駆使することで、彼本来の母性本能をくすぐるセクシャルさを倍増させた。そしてその歌唱力の成長に伴う形で、かねてから絶賛されていたツボを押さえた絶妙の洋楽的なポップ・センスにもさらなる奥行きが出て来た。そして、これまで木下の影に隠れがちだった他の3人のメンバーの演奏も、インディ・バンドとしては既に一級品のレベルにまで達している。

「実は昨年の秋に僕の母親が他界して…。それで改めて深く考えたんですよ。僕が生きていくには、やっぱり音楽しかない、これしかないって。そして、僕が尊敬するカートやレディオヘッドのトム・ヨークやナイン・インチ・ネールズのトレント・レズナーの曲がどうしてあんなに人の心を突き刺すのか、ようやく理解できるようになったんですよ。それは音楽性とか歌詞とか以前に、“音楽とつながってたい”“人とつながっていたい”、その気持ちがもうハンパなく強いと思うんですね。今までの自分なんてホントに甘かったと思った。カートのような意味で、本当の音楽のプロフェッショナルになろうと思ったんですよ」(木下)

そんな木下の意気込みが乗り移ったように、アートスクールの曲は見違えるように多彩な表情を帯びてくるようになった。それは、数100枚のコレクションを誇る無類の音楽マニアでもある木下のメロディ・ラインの豊富な引き出しよるところもないではないが、しかし、今の木下はそれらを自分のものとして完全に咀嚼し、その心理状態をスケッチするかのようにメロディやリフのフレーズを、より人間くさく表現できるようになってきた。うるさ型の音楽マニアも、これから音楽に目覚めていきそうな少年少女たちも、その双方を納得させるだけの実力は既に備わっている。

この、木下自身も強い自信をもった作品を発表し終わった後は、いよいよ待望のメジャー展開が期待されるが、木下の欲望はただ単にヒットを記録してブレイクするだけにとどまらない。

「僕はソニック・ユース
ニルヴァーナだったら、絶対ニルヴァーナなんですよ。ソニック・ユースは孤高のカリスマとしては素晴らしいけど、どこか人だったり音楽シーンに距離を置いている感じがする。でも、僕はニルヴァーナみたいに音楽シーンのド真中に食い込んで行って、これまでのあらゆる価値観をメチャクチャにしたいんですよ。日本もコーネリアスとかナンバーガールなんかが音楽シーンに素晴らしい可能性を築いてくれてるけど、そこを踏み台にして、僕達はひと暴れしたいですね。最近カートの伝記をよく読むんですけど、カートって自分の日記に音楽シーンの動向についての的確な分析を書いてたんですよね。僕も負けてられない」(木下)

もうまるで、自分があの伝説の男、カート・コバーンにでもなったような気分の木下。

こうした彼を「バカげている。自分のことをもっと客観的に考えろ」と嘲笑する人ももしかしたらいるのかもしれない。しかし、逆に問いたいが、自分のことをカートだと思い込んで、そんな大それた野望を持って音楽シーンに立ち向かっていく意志のあるアーティストが果たして今他に誰が存在するというのだろう。オルタナもパンクも流行音楽のいちフォーマットとして日本の音楽に定着するようになったが、では現状の日本のシーンにおい て、セックス・ピストルズやニルヴァーナのような革命児は果たして存在するのだろうか。

その答は残念ながらやはり“NO”だろう。事態は思うほど容易ではないことはわかる。しかし、“革命”とまでは行かなくとも、アートスクールによる、繊細で痛々しくも、人なつこいおおらかなポップさを持ったリアルな歌が、生温い“パンクもどき”“オルタナ もどき”を過去のものにさせ、疎外感を抱えた悩める若者の傷を癒してくれるのではないか。そういう予感が僕にはしているのだが。

そう言えば、ニルヴァーナのメジャー第1弾アルバムにして、ロックの歴史を変えた記念碑的傑作『ネヴァーマインド』が発表されたとき、カート・コバーンは24歳。木下理樹が今年の秋にメジャーでアルバムをリリースすればちょうどカートと同じになる。当然、木下はその事実を承知済みであるが…。

文●沢田太陽

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