第5回 全国洋楽翻訳選手権 コラム:翻訳の現場

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教えて先輩!レコード会社の洋楽担当者に聞く現場での翻訳の苦労・楽しみ・アドバイス

ワーナーミュージック・ジャパン ST部 森俊一郎氏

●これまで手掛けられた代表的な作品を教えてください
邦題で思い出に残っているのはピーター・ハミル(イギリスのシンガー、というかVan der Graaf Generatorというバンドの創始者)の『夢見(原題:Out of Water)』。何故つけたか記憶の彼方だが、収録曲も邦題をつけまくったので、おそらくその歌詞の中に“夢見”があったのでしょう。マリリオン。イギリスで80年代から90年代にかけて大ヒットしたバンドですが、そのサード・アルバム『Misplaced Childhood』というコンセプト・アルバムは秀逸で、邦題つけにも気合が入りました・・・『過ち色の記憶』! ここからの1stシングル「Kayleigh」も大変繊細につむがれた素晴らしい曲で「追憶のケイリー」とつけました。『眠れぬ夜の悪夢』は、あまり国内盤の出なかったイギリスのNew Model Armyの『No Rest For The Wicked』(悪意のある奴は休まるときがない)で、ジャケットのイメージとオリジナル・タイトルの意味を意訳して完成。初邦題はこれもイギリスの80年代のデュオ・グループ、ネイキッド・アイズの全米大ヒット(たしかシングルで4位?)「Always Something There To Remind Me」につけた「ぼくはこんなに」。これはそのまま当時人気雑誌だった『FM Station』(鈴木エイジンさんの表紙でおなじみでした!)にそのタイトルを引用した見出しで紹介されました。あまり売れませんでしたけど…。タタキ文句ではピーター・ガブリエル大ヒットアルバム『SO』の“頂、極む(いただき、きわむ、と読みます)”。ぴあ手帳のはみ出しに採用されたのが嬉しかった、という時代です。結果として全米1位をとっているので名は体をあらわすコピーだった、と自負!

●楽曲歌詞やタイトルを日本語訳するときのポイントを教えてください
こう言ってしまうと身も蓋もないですが、“誰に向けて売りたいのか?”を最初に想定して、その人たちが反応しそうな言葉の選び方をしていきます。最終的にはその邦題を見て、手にとって、そして財布の口を開けてもらう、というところまで持っていかなければいけませんから。わかりやすい例で言えば、プログレ系は4文字熟語(笑)、みたいな。もしくはあえて長くしてみる、とか。プログレ含む70年代のロックには漢字が多いですね、一般的には。その反面メタル系だとこんな言葉、みたいな先入観はかえって持たないようにしていました。ただしドイツ・メタルの知る人ぞ知るクローミング・ローズ1991年のアルバム『Garden of Eden』を『エデンの秘密』とつけたのはメタル界では不評でした、なんかちょっとかわいいイメージだったようで…。メインタイトルはカタカナのままでその後に「~」をつける手法は、以前から使っていた人は多いと思います。自分自身もアイアン・メイデンの5枚目のアルバム『Powerslave』で『パワースレイヴ~死界の王、オシリスの謎』とつけました。「オシリス」はタイトル曲の中に出てきた古代のエジプトの王の1人、調べていくと「冥界」を司るということだったので、「冥界」より少しわかりやすく「死界」(多分そんな言葉は正式にはない)にした次第。もちろん曲ごとの邦題は歌詞の内容と本質的にかけ離れてはいけないので、しっかりと読み込んでから。間違っても「王様」の“超訳”を読み込んではいけません(それはそれで完成された素晴らしい翻訳です)。

●音楽ジャンルによって翻訳の仕方は違うのでしょうか?
これは違います。ロック、ポップ、ラップなどジャンルだけでなくその元になっている国や文化、色々な要素が反映されているので、単に“英語を日本語に訳せる”というだけでは歌詞の翻訳にはなりません。したがってレコード会社のディレクターの立場では、どれだけ幅広く翻訳者を知っているか(直接の知り合いでなくとも、この人はこういう傾向…ということを知っているだけで、後はプロとして連絡先探し出して依頼すればいいわけですから)が大切になります。例えばアメリカ文化に強い人にスコットランドのアーティストの歌詞の翻訳を頼んでも、なかなかしっくりは来ないでしょう。ヒップホップはなおのこと、その世界に精通していなければまず無理です。

●いままでで苦労した翻訳はどんなものでしょうか?
翻訳ではないですが、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語など洋楽で使われることの多い言語以外を担当したときは苦労します。まず歌詞カードがついていない例が多い。自分で担当した中ではたしかアフリカのアーティストでPapa Wembaという「ステージを写真取材しても何故か本人は写真に写らない」人のアルバムを担当した時、恵比寿にあったアフリカ音楽のライヴを聞かせるバーに行ってそこの出演バンドに聞き取ってもらったことがあります。で、それをフランス語(英語?)に訳し直してさらに日本語に、ということがあったと思います。

●これまでで「なるほど、上手い」と思った翻訳例はありますか?
アルバム・タイトルの邦題としてはピンク・フロイドの『原子心母』、原題が『Atom Heart Mother』なので“直訳”なのですが、実にアルバムの特徴を伝えきっていると思います。口惜しいかな、これを超える邦題をつけることは出来ませんでした。

ワーナーミュージック・ジャパン インターナショナル本部 A&R 三樹氏

●これまで手掛けられた代表的な作品は?
マドンナ『ハード・キャンディー』、ローリング・ストーンズ『フォーティー・リックス』、ジャネット・ジャクソン『オール・フォー・ユー』など。

●楽曲歌詞やタイトルを日本語訳するときのポイントを教えてください
楽曲タイトルの英文が長い場合やカタカナに直すと露骨に妙な場合は邦題にすることが多いです。シングルに関しては場合によりますが、カタカナ読みのタイトルにすることが多いです。ただ最近は邦題を見直しつつあります。やはり日本語にしないと感覚的に受け止めてもらえないような気がするので。映画の日本語吹き替えが増えてきているのも気になります。

●音楽ジャンルによって翻訳の仕方は違うのでしょうか?
ラップ、ロック、ヒーリング系などで口調やトーンが相当違います。特にラップはスラングだらけなので、普通の翻訳の方にはお願いできません。またアーティスト・イメージを理解してくれる方でないと難しいと思います。

●いままでで苦労した翻訳はどんなものでしょうか?
英語以外の言語やマイナーな言語の翻訳は自分が英語しかできないので、でその訳が本当に適切かどうかの判断が全くつかないので難しいです。(マイナーな言語:ヘブライ語、ゲール語など)

●これまでで「なるほど、上手い」と思った翻訳例はありますか?
締め切りが常にきついことと、詩的に意訳してもらうことをしないので、正直あまりありません。

ワーナーミュージック・ジャパン インターナショナル本部 A&R 道島氏

●これまで手掛けられた代表的な作品は?
リンキン・パーク全作品、ダニエル・パウター他。

●楽曲歌詞やタイトルを日本語訳するときのポイントを教えてください
歌詞の意味を理解してもらい、感情移入できるようにしています。

●音楽ジャンルによって翻訳の仕方は違うのでしょうか?
日本語でも演歌とポップスの歌詞が違うように、間違いなく違いますね。

●いままでで苦労した翻訳はどんなものでしょうか?
私は翻訳はしませんが、日本語のタイトルやサブ・タイトルは良くつけます。原題の印象は残しつつも、歌詞の内容が良くニュアンスを伝えたほうがいい楽曲の場合は、サブタイトルを考えます。

●これまでで「なるほど、上手い」と思った翻訳例はありますか?
手前味噌で恐縮ですが、ダニエル・パウターの「バッド・デイ」はよかったのではないでしょうか。

ワーナーミュージック・ジャパン ストラテジック本部  デジタルビジネス推進グループ 渡辺満豊氏

●これまで手掛けられた代表的な作品は?
『頭突きdeジダンダ?!~ヘッド・バッド・ダンス~』/ラ・プラージュ (原題「Coup de Boule」/La Plage)『頭突きdeジダンダ?!BUBBLE-BプロレスMIX feat.菊地 毅』※デジタル限定リリース

●楽曲歌詞やタイトルを日本語訳するときのポイントを教えてください。
原曲がパロディ曲や英語以外の言語で面白い発音がある場合などは、極力その発音を面白いままにアレンジして活かします。フランス語やポルトガル語の曲には、結構面白いものがたくさんありますね。海外でしかヒットしていない新人などの場合、曲によってはタイトルのインパクトが重要になる場合があるので、その時は工夫します。特に着うたでは、イントロやサビ、ギター・ソロといった複数のバージョンがあり、あえてサブタイトル的なタイトルを追加する場合があります。

●いままでで苦労した翻訳はどんなものでしょうか?
“僕”と“ボク”、“君”と“キミ”、など、発音は一緒でも文字になると漢字とカタカナでニュアンスが変わるのが日本語の難しい所でもあり面白い部分。自分で翻訳作業はしませんが、上がってきた翻訳を確認する際、日本語の持つそんな素晴しさを上手く活かせているかどうか、判断に苦労する時があります。

●これまでで「なるほど、上手い」と思った翻訳例はありますか?
ワーナーの先輩は数多くの歴史的名邦題を残されてきましたが、タイトルではやはり、リッキー・リー・ジョーンズの「浪漫」(原題『Rickie Lee Jones』)ですね。他にも、シカゴ「素直になれなくて」など、いまだ超えることの出来ない名(迷)訳はたくさんあります。ちなみに、ワーナーブラザーズ50周年記念サイト内では当時上記の邦題をつけられた先輩A&Rへのインタビューが掲載されています。邦題をつけたときの面白いエピソードもありますので、ぜひ参考にご覧ください。
http://wmg.jp/wmlife/wb50th/welcome/080411.html

ワーナーミュージック・ジャパン インターナショナル本部 A&R 井本京太郎氏

●これまで手掛けられた代表的な作品は?
エリック・クラプトン『BEST OF』、グリーン・デイ『アメリカン・イディオット』、アラニス・モリセット『ジャグド・リトル・ピル』

●楽曲歌詞やタイトルを日本語訳するときのポイントを教えてください
購買ターゲット・ユーザーを思い浮かべながら、そのユーザー層に合う言葉・キーワード・表現を入れます。

●音楽ジャンルによって翻訳の仕方は違うのでしょうか?
違います。これもそのアーティストの音楽スタイル、ターゲット・ユーザーによって変えます。

●いままでで苦労した翻訳はどんなものでしょうか?
中途半端な単語をカタカナに訳すときです。

●これまでで「なるほど、上手い」と思った翻訳例はありますか?
弊社の先輩の邦題なのですが、「素直になれなくて」(シカゴ)、
「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」(クリストファー・クロス)、
「ビートに抱かれて」(プリンス)の邦題が本当に素晴らしいと思います。

  
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