【イベントレポート】“バリューギャップ問題”を考える「なぜ日本は失敗したのか」

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電子楽器とコンピューターを活用した音楽制作の普及や教育に取り組むJSPA (日本シンセサイザープロフェッショナルアーツ)により『実演家の持つ権利に関する“バリューギャップ問題”を考えるセミナー』が2019年冬、新宿芸能花伝舎で開催された。

◆『実演家の持つ権利に関する“バリューギャップ問題”を考えるセミナー』画像

“バリューギャップ”とは、YouTubeのようなユーザーアップロード型ストリーミングサービスが音楽から得ている収益と、音楽権利者に還元される収益とが不均衡であるという現状のこと。つまり簡潔に言うならば、音楽のバリュー(対価)にギャップが生じてきいているという問題だ。

こうした音楽を取り巻く現状に関して、JSPA理事である音楽プロデューサー・藤井丈司氏がモデレーターとなり、『よくわかる音楽著作権ビジネス』の著者で、音楽著作権に精通する東洋大学法学部教授・安藤和宏氏をゲストに招き、同氏とJSPA代表理事である音楽家・松武秀樹氏により、レクチャーと問題提起が行われた。

第一回となる今回は、バリューギャップ問題の全貌を把握することを目的に、“これまでの音楽家の権利と、音楽の対価”、“バリューギャップ問題とは何か”、そして“この問題は今後、日本、世界でどう変わっていくのか”という三部形式で進行された。順を追って、その概要を紹介する。

▲左から、藤井丈司 (音楽プロデューサー・JSPA理事)、安藤和宏 (東洋大学法学部教授)、松武秀樹 (音楽家・JSPA代表理事)

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冒頭で松武氏により語られたのは、“これまでの音楽家の権利と、音楽の対価”。現状の著作権法の内容を分かりやすく紹介しながら、シンセサイザー・プログラマーも著作権法で定義される“実演家”の一人であること、そして、実演家であることを認めてもらい、JSPAが芸団協(日本芸能実演家団体協議会)の会員となれたことなどの経緯が説明された。そうした“実演家”は、現状、どのような権利を持っているのだろうか。

「シンセサイザーで音楽を作っている我々のような実演家には、著作隣接権が認められています。その内容は、商業用レコードの二次使用料を受ける権利、貸レコード業者から報酬を受ける権利、自分の実演を録音・録画する権利などいろいろありますが、そのほとんどが、商業用レコード、つまりスタジオで録音された演奏が、フィジカルなCDという形になって、それが使用された場合に関する権利です。
 でも今はネット配信が主流で、スマートフォンで音楽を聴く時代。ダウンロードもできるし、曲名で検索すれば、YouTubeですぐにその曲を聴ける。しかもYouTubeは無料サービスです。では、なぜ無料なのか? どうして世の中は、有料のサブスクリプション・サービスに移行しないのか? 一方で、有料サービスの収益は、どのように実演家に分配されているのか? レコード会社も音楽家も儲からないいま、一体誰が儲けているのか? そして、どうしてそうなってしまったのか?
 こうした問題を無視していては、音楽家になりたいという人は減る一方ですし、次の時代に進んでいけないと考えています。そのためには、法整備によってバリューギャップ問題が解消されないといけない。
 そこで、この問題について疑問を投げかけるだけでなく、いろんな方と問題意識を共有し、議論していきたいと思っています。そして、国が動くまで、法制化されるまで、このセミナーを続けていきます」──松武秀樹

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続いての第二部は、メイン・テーマである“バリューギャップ問題とは何か”についてのレクチャーだが、この問題の理解をより深めるために、ゲストの安藤氏によって、まず、日本、そして世界の音楽市場の現状が説明された。

「みなさんがいま、おそらく最も関心を持っているであろう有料音楽配信については、SpotifyやApple Music、AWA、LINE Musicなどのストリーミングと、iTunesやmoraなどのダウンロード販売の売上実績が2017年にほぼ並びました。これって非常に画期的なことでして、まだ“ダウンロードが主流だ”という認識の方が多いでしょうが、実はダウンロードはそれほどでもなく、もう2019年中には、(ストリーミングがメインへと)ひっくり返るでしょう。
 この状況について、よく私はこう例えるんです。CDやダウンロードって、自分の図書館を作るようなもの。いちいち曲を集めないといけないし、当然、それだけお金もかかる。しかも、キリがない。一方、ストリーミングサービスは毎月1,000円で図書館の入館証を買うようなものです。そうやって莫大なお金をかけて自分の図書館を作らなくても、図書館証を買えば、利用可能なすべての曲を利用できるわけです。しかも、この方が安いに決まっています。
 そうなると、音楽を所有することに固執しない若者がどんどん増えて、サブスクリプション・サービスは、間違いなくこれからも伸びていくことになります。そうなれば、我々、音楽の作り手側も、(対価に関する)考え方も変えないといけないわけです」──安藤和宏

事実、国内でのCDやライブDVD、さらに有料音楽配信を合算した音楽売上実績を見ていくと、右肩下がりから、ようやく2014年に下げが止まり、現状は横ばい状況となっている。CDの販売数が減少する一方であるにも関わらず、合算で横ばいをキープできているのは、何よりもサブスクリプション・サービスが伸びているからにほかない。

この結果だけを見ると、日本の音楽市場も復活の兆しがあるように感じるが、安藤氏は「日本の音楽業界は失敗している」と続けた。

「アメリカや韓国はほぼ配信に変わっており、日本人と気質が近く、最近までCDのほうが上回っていたドイツでさえ、近年、音楽配信へ切り替わりました。その結果、世界的に音楽の売上実績は、2015年、2016年、2017年と急激に右肩上がりで伸びているんです。世界的に音楽は好景気に入っている。でも、日本は横ばいです。このことに、日本の音楽業界はショックを受けないといけません。
 では、なぜ日本は失敗したのか。理由は簡単で、うまく音楽配信へシフトできなかったからです。世界全体の平均では、有料音楽配信は売上げ全体の約2/3で、残り1/3がパッケージですが、日本では、2:8の割合で、いまだCDやレコード、ライブDVDに依存している。音楽配信にシフトできなかった理由として、日本独自のマーケティング構造があることが大きな理由です。でも世界的には、明らかにパッケージからダウンロード、ダウンロードからストリーミングにシフトしていて、今後、その流れに日本も抗えません。
 こうした現状を踏まえたうえで、日本がいずれ進むであろうストリーミングサービス、それが主流となった海外の音楽業界で、いま直面しているのが、バリューギャップ問題なのです」──安藤和宏

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ここで安藤氏は、芸団協が発行する<CPRA news VOL.87 (2018年1月号)>に掲載されているデータをもとに、バリーギャップ問題を具体的に解説。

「たとえば、Spotifyなどのサブスプリクション型ストリーミングサービスは、2.12億人の利用者が権利者に39.04億ドルを払っている。つまり、ユーザー1人当たりで考えると、音楽権利者に20ドル支払っています。一方、YouTubeなどのユーザーアップロード型ストリーミングサービスは、利用者は9億人もいるのに、権利者に5.53億ドルしか払っていない。ユーザー1人当たりで考えると、音楽権利者に払う金額は1ドルに満たないのです。両者を比較すると、これは明らかにおかしいですよね。でもなぜ、こうした格差が生まれたのか。それはユーザーアップロード型ストリーミングサービスが法律で守られているからです」──安藤和宏

音楽権利者 (ここでは、レコード会社やミュージシャン、原盤所有者などのすべての権利者のことを表す)に正当な対価が支払われていないサービスが、法律で守られているとはどういうことなのか。

安藤氏によれば、YouTubeのようなユーザーアップロード型ストリーミングサービスは、あくまでもユーザーがコンテンツをアップロードできる“場”を提供しているだけという、いわゆる“プラットホーム”。アメリカの著作権法には、そうした場で、ユーザーが行った著作権侵害に関して、プラットホームの責任を免責する“セーフハーバー”という条項があるのだ。

そのため、たとえばYouTubeの場合、音楽権利者が自ら違法アップロードを発見し、それをYouTube側に通知して、そこで初めて該当コンテンツの削除が行われる“ノーティス・アンド・テイクダウン”と呼ばれる手続きが適用される。しかし、そうした侵害行為に対応できる人的・物的資源を持たない小規模なレコード会社やミュージシャンの音楽は野放し状態となる。結果、多くのユーザーがその音楽を聴き、それにより莫大な広告収入が得られているにも関わらず、音楽権利者には正当な報酬が支払われないという結果となるというわけだ。

では、この問題は今後、どう変わっていくのだろうか。安藤氏が語るには、こうした状況に対して、2016年6月、Maroon 5やレディー・ガガ、テイラー・スウィフトなど180を超えるアーティストや音楽レーベルが、米国連邦議会に陳情書を提出し、アメリカではセーフハーバー条項を見直そうという気運が高まっているという。

さらにヨーロッパのEU諸国でも、YouTubeなどのプラットホームも、音楽権利者から直接ライセンスを取得し、Spotifyなどのサブスプリクション型ストリーミングサービスと同じ立場となるような法制化が進められているといった現状も併せて紹介された。

「なぜ、アメリカやヨーロッパで、この問題を解決しようという動きが起きているのでしょうか。それは、ミュージシャン自身が動いて、国に働きかけているからです。その点、日本はどうかというと、バリューギャップ議論が遅れています。まだまだ、この問題がミュージシャンの方々に浸透していない。でも、既にビジネスモデルは、どんどんサブスクリプション・サービスへとシフトしていっています。そうした現状で、すぐにでも議論を活性化させて、今後の法改正につながる行動を起こさないと、日本の音楽業界だけ取り残されて、“時すでに遅し”といったことになりかねません。
 現状をドラスティックに変える必要はないかもしれません。ただ、こういう問題が内在的にあって、海外では、音楽家がなるべくフェアな報酬をもらえるようにと問題是正へと動いているのが全世界的なトレンドだということ、そして日本は遅れているんだということを、多くのミュージシャンに知っておいて欲しいと思っています」──安藤和宏

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メイン・テーマのレクチャーが終わると、安藤氏は、「もうひとつのバリューギャップ問題」として、ミュージシャンとレコード会社の関係にも言及した。

実演家が有するノーと言える権利である「許諾権 (例:新譜は1年間レンタルしないで欲しいと言える権利)」と、ノーとは言えないものの、報酬をもらえる「報酬請求権 (例:テレビやラジオでCDを流すことは拒否できないが、報酬はもらえる権利)」があること、前者については、レコード会社に譲渡され、アーティスト印税を受けるという場合が多いが、その際のアーティスト印税がCD価格の1~2%程度とレコード会社の取り分に対して非常にわずかな報酬であるのに比べ、後者はアーティストとレコード会社の取り分が50%:50%と、こちらの方が実演家にとっては取り分が大きいことなどを解説。これが、これからの有料音楽配信の場合にどのように適用されるべきかといった、問題提起も行われた。

これを受けて、セミナーに参加していたMPN (演奏家権利処理合同機構)理事長・椎名和夫氏から、同氏が座長となり、CPRA内に権利問題プロジェクトチームが作られたことなども、併せて報告。これらの内容は、今後の本セミナーでも、さらに深く取り上げられる予定となっている。

そして最後に松武氏が、「みなさんと僕らと一丸にならないと何も解決しません」と続け、第一回のセミナーは締めくくられた。

「音楽の聴かせ方が新しく変わるし、もうすぐ、通信速度が100倍となる次世代通信5Gが始まると、今以上に、音楽が勝手に、高音質でさまざまなコンテンツに使われるようになります。実演家にとって、それはとても困りますよね。そうならないためにも、ぜひこのセミナーが起爆剤になって欲しいと思っています」──松武秀樹

取材・文◎布施雄一郎

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