【対談】MASATAKA(MSTK) vs 松田樹利亜、1990年代リバイバルと真価を語る「海外には真似できない日本独自の文化」

ポスト

■リアルに歩道橋から飛び込もうかなと
■それくらいライブが嫌だった

──おふたりはロックでキャッチーな音楽が好きというところも共通しているようですね。

MASATAKA:ロックでも、クラシックでも、いい曲はキャッチーだと思うんですよ。だから、ポップなものにも全く抵抗がない。

松田:確かに私もいろんなものが混ざっていますね。

──デビュー当時、ポップのイメージも強かった松田さんですが、2000年代以降はハードな楽曲も多くなっています。ただ、やはりキャッチーですよね、ライブ映えする楽曲というか。

松田:そうですね。ライブに関して言えば、実はデビュー当時、ライブがあまり好きじゃなかったんです。とにかくレコーディングばかりしていたかった。だからライブが決まったときに、歩道橋から車道に飛び込んでやろうかと思うくらい嫌だった。

MASATAKA:やめなさい、迷惑が掛かるから(笑)。

松田:あの頃の私は桜新町のマンションに住んでいたんだけど……国道246に歩道橋があったじゃん?

MASATAKA:あったね。

松田:渋谷公会堂ライブの前、“あの歩道橋から飛び込もうかな”とリアルに思ったんですよ(笑)。弾き語りコーナーが用意されていたんですけど、リハーサルでうまくいかなくて、“本番でも失敗したらどうしよう。みんなに迷惑をかけちゃう”という恐怖心もあったし。渋谷公会堂に限らず、ライブのたびにいつも追い詰められる感じがあって、苦手だったんです。だから、レコーディングに逃げていたということもあった気がする。曲ができて、プリプロをして、レコーディングするということが心地よかったから。


MASATAKA:大勢のお客さんの歓声や拍手を浴びたいという願望よりも、純粋に歌うことへの喜びのほうが大きかった?

松田:でも、それが変わってきたの。徐々にレコーディングもリハーサルもあまり好きじゃない、ライブは楽しいし気持ちいい、と思うようになりました(笑)。

MASATAKA:なにかきっかけがあったの?

松田:ライブで演奏することで、曲が変化したり成長するのをリアルに感じてからだと思う。それからは曲の方向性も“ライブ映えするもの”ということで、激しい曲が増えて。激しくてハードな曲は“メンバーと戦っている感”がすごくあるから、それが楽しいし。

──ハードな方向性と並行して、メロディアスだったり、煌びやかな曲も作られていますね。

松田:同じような曲ばかりだと物足りなくなるし、“歌いたい”と思ったものを作っているという感じなんです。ただバランスは意識していて。グアーッとなったときにはハードなアルバムとソフトなアルバムを2枚同時リリースしたいくらいの気持ちがあるんです。だから、たまに言われるんですよね、「ひとつの方向に振り切らないわけ?」って。結果、中途半端なものになっていたら良くないですけど、私の中ではバランスが取れているから歌えているというのがあるんです。

MASATAKA:音楽的な幅広さが魅力になっているよね、樹利亜ちゃんは。

松田:そう言っていただけると嬉しい。私は来年デビュー30周年なんですけど、8年くらいアルバムをリリースしていないのかな。「今年はアルバムリリース、がんばる」ってファンの人に毎年言っているのに(笑)。でも、30周年の来年こそは絶対に出そうと思っています。少しずつですけど、曲はずっと作っていて、ライブで新曲も披露していて。ここまでアルバムを作っていないと、どんなボリュームになっちゃうんだろうな?というのが今の悩みです(笑)。

MASATAKA:指向の変化はありつつ、ずっと音楽を楽しめているのはいいことだよね。僕は今、樹利亜ちゃんの話を聞きながら、今日に至るまでの自分のことを久しぶりに振り返っていたんです。どんな感じだったかなって。そのうえで思うのは、まだ全く終着点ではないなということ。ミュージシャンとしても、役者としても。


──MASATAKAさんは、1994年の藤重政孝デビュー当時より歌手であり俳優でしたが、元々はミュージシャン志望だったとお聞きしました。

MASATAKA:そうですね。当時の“あるある”で、まず歌でデビューしたんですが、「次のクールの主題歌をお願いするから、一回ドラマに役者として出演しないか?」と言われ。「やります!」と出演したんだけど主題歌の話はいつのまにか消えて、違う曲が主題歌に起用されてるじゃん……みたいな(笑)。そのドラマ出演をきっかけに、役者の仕事が入るようになっていったんです。

松田:それ以降、両立させたの?

MASATAKA:そう。ただ、役者とミュージシャンをやって思ったのは、お芝居で僕のことを気に入ってくれたお客さんは、僕の歌の世界に来ないんです。逆に、歌を気に入ってくれたお客さんは、舞台に来てくれない。お客さんはドラマとか舞台という作品に恋したり、歌とか楽曲に恋するようで、その間には垣根があるみたいなんです。もちろん僕は垣根なくやっているので、「どっちが好きですか?」とか「どっちが楽しいですか?」という質問には“えっ?”という感じ。両方にやり甲斐を感じているし、僕はなにより、人に見られるのが好きなんですよ。

松田:そうなの?

MASATAKA:うん(笑)。俺がものすごくシャイなのは知ってるでしょう?

松田:えっ? 知らない知らない(笑)。

MASATAKA:嘘だ(笑)! 僕は人見知りだし、飲み会にいってもワァーッと盛り上がるタイプではないんですよ。ライブ後の打ち上げよりも、路地裏で1人、タバコの煙を吐いているほうが好きな性格なんですよ。

松田:シャイだけど人に見られるのが好きって?

MASATAKA:人に見られるということ自体が、俺にスイッチを入れてくれるんだと思う。


──音楽や芝居が本当の自分を解放してくれるんですね。MASATAKAさんは2020年からMSTKで音楽活動を継続されていますが、バンドというのは?

MASATAKA:僕はソロシンガーとして1990年代にデビューしたんですけど、そのソロをやめたという意識はないんです。一方で4~5年前、ふとバンドを組みたいと思ったんですね。というのも、先ほどお話したように俺は学生時代にバンドを組んでいて、すごく楽しかった記憶がある。1人で表現していたものをバンドで表現したら、どんな色で、どんなスピードで、どんな距離までいけるのか。そういったことに興味津々で、おじさんバンドを組んでみたくなったんです。もちろん心の中はハングリーだけど、なにかに追われて、みたいなことではない。オジサンができるヤンチャなこと、マジメにふざけているバンドをやりたくて、AZ(G)に「バンドを組もうよ」って話したんです。それがMSTKの発端でした。

松田:やっぱり、ソロとバンドでは違う?

MASATAKA:自分にとってもファンにとっても、“藤重政孝”という枠があるんだよね。それを取っ払うためにバンドという表現をやってみたかったんだけど、やってみたら“藤重政孝”であることに変わりないし(笑)。結成当初は、その事実に戸惑うところもあったけど、今は“自分が表現するとこうなる。枠でもなんでもなくて、これが自分の味なんだ”というふうに思えています。だから、すごく楽しいよね。

松田:バンドは、自分だけじゃないというところがいいよね。私もすごくバンドに憧れがあって、やってみたい。

MASATAKA:樹利亜ちゃんもバンド感を重要視しているよね?

松田:私はバンドメンバーに恵まれてるんですよ(笑)。

──現在も、原田喧太(G)さん、 Ju-ken(B)さん、CHARGEEEEEE...(Dr)さんといった錚々たるメンツです。

松田:一時期、まだ成功したことがないような若い方々を迎えたこともあるんです。そのワイワイした感じも楽しかったんだけど、そこで止まってしまう感じがあったんですよね。斜め上を見ることができないというか。やっぱり自分が一緒にやってみたい方々とカッコいいことをやるのが幸せなんだと思うようになりましたね。

──先ほど、ライブのときに「メンバー同士で戦う感じが楽しい」とおっしゃっていましたが。

松田:今のメンバーは全員出音が大きいんですけど、そういう状態で戦うようなライブにすごくドキドキするんです。でもね、スタッフさんが気を遣って、アンプをステージの外側に向けてくれたりするんです。それを私は戻しますから。「メンバーが気持ちよくないと、気持ちよくライブできないじゃん」って。なんならアンプを自分のほうに向けてくれてもいい(笑)。

MASATAKA:樹利亜ちゃんはバンドメンバーをすごく大事にしているよね。それは話をしていてわかるし、飲みの席とかでも感じる。だからカッコいいメンバーが集まってくるんだろうし。

◆対談【3】へ
◆対談【1】へ戻る
この記事をポスト

この記事の関連情報