【押し入れに眠るお宝楽器を再生させよう】第4回 フルート編(2)

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■修理内容を確認

ここで改めて、このフルートの状態と修理内容について説明があった。

「これぐらい古くぼろぼろになっているものは“全タンポ交換”という修理内容をお勧めしています。

全タンポ交換の場合は管体とキイを全部分解して磨きも入れます。磨きを入れる場合、トリルキイと、ここの左手のキイと右手のキイに、ノックピンと呼ばれる小さいピンがいくつか打ってあって、これを外すことによってこの一つずつのキイも分解できます。今回は時間が限られているのでそこまではできないのですが、実際はそこも分解して中の汚れを取ったりキイのクリーニングを全部やります。」


▲写真左側で指さしているのがノックピン。これを外すことで一つずつのキイも分解可能になる。


続いて、タンポの状態についても説明してもらった。

「新しいものだとこういうきれいな感じですが、見ていただくとこういう感じで黒く穴の跡が付いています。“ワダチ”といって穴の跡も深くついてきているので、ここまでくると交換が必要になります。」


▲上が今回のフルートのタンポ、下が新品のタンポ。上には穴の跡がくっきり。

▲中央に金属の板のようなものが貼ってあるタンポもあるが……。

――タンポの中には、真ん中に金属の板のようなものが貼ってあるものがありますが、ないものとの違いはなんですか?

「タンポの大きさです。タンポの大きいものはワッシャーをつけてネジ止めされています。小さいものはクラリネットでも使っていたシェラック(ラック虫の分泌液を使った接着剤)で接着しています。」

――ネジ止めされている方は接着剤を使ってないんですね。

「そうです。ちょっと分解してみますね。」


▲ネジ止めされている大きめのタンポを分解。

▲金属のワッシャーを外した状態。

▲ドライバーを刺すようにして持ち上げタンポを剥がしていく。

▲タンポが剥がれた。

▲タンポを剥がすと、その下には2枚の紙のようなものが。

「中に“調整台紙”という紙が何枚か入っています。タンポをただ入れるだけだと厚さが足りなかったり、均等にぴったり閉まるようになっていないことがあるので、調整台紙を使ってぴったり閉まるように調整します。そこがフルートの一番難しいところで、素人の方がただタンポ交換して終わりというわけではなくて、ここからが技術が必要なところです。」

――ものによって枚数を変えるっていうことなんですか?

「枚数であったりとか、切って使ったりするものもあります。たとえば組み立てたときにタンポがぴったりつくのですが、全部が全面ぴったりつくようにしないと、ところどころ息漏れをしてる可能性があります。その息漏れしている部分に紙を切って入れる作業があります。」

――それは専用の紙が売ってるんですか?

「そうです。こちらです。」


▲この目にも鮮やかなマカロンのようなのが「調整台紙」。手前には0.05、0.08、0.10といった数字が刻印されている。

「これはヤマハのフルート専用のものです。メーカーによって専用のものがありますね。30~40年前だと、新聞紙やチラシを切って入れたりしたものを使っている方もいらっしゃいましたが、基本的にはメーカーで専用の大きさ、厚さが分かれているものがありますので、それを使っています。」

――この台座みたいなのに書かれている数字が厚さ?

「そうですね。で、この3列は大きさ。ヤマハの場合タンポの大きさが4種類あります。一番小さいのは接着剤でつけるので調整紙は使いません。それ以外で、ここの親指とBキイとG♯、裏側にあるので裏G♯、裏Gisと呼ぶのですが、これは一番小さいサイズなのでこの一番小さい紙を使います。

右手、左手、真ん中のキイは中くらいのサイズを使います。足部管だけ大きいサイズなので、この一番大きいサイズを使って調整します。」

■タンポ交換&調整作業

ここで、先程分解したキイに調整紙を入れて新しいタンポをつける作業を見せてもらうことになった。通常の業務ではキイを磨いてからの作業となるが、今回は時間も限られていることから磨きの作業は省くことになった。

「紙の厚さはもともと入っていたものに近いものを入れますが、あとは経験や、一度はめてみてどこが足りないかを見て追加していきます。」

これを聞いただけでも、大変な作業という予想がつく。

「一回小さい台紙を入れてから新しいパッドを入れるのですが、フルート専用のヘラを使ってなるべく平らに入れていきます。」


▲まず台紙を入れ(左)、次にタンポを入れる(右)。

▲タンポは円形の穴の空いたフルート専用のヘラで平らになるように入れていく。このヘラはサックスの回で紹介したメガネヘラとは形状が異なるとのこと。

▲最後はワッシャーをネジ止め。机上の左に置いてあるのが先程タンポを入れるのに使った専用のヘラ。

「小さいものはピンセットを使ったりしていきます。外すときは普通のドライバーを使うんですが、入れるときは私は“トルクドライバー”という締める強度を調節できるドライバーを使っています。」


▲タンポを入れる時は、普通のドライバーではなく“トルクドライバー”を使う。

▲ネジを締め終わった状態。微妙にシワができている。

「これは使う人と使わない人がいるんですが、全部同じ強さで締めた方がタンポの締りが均等になるので、私はこれを使っています。ある程度力がかかると空回りします。なので全部同じ強さで締められます。

――いいですよね、これ。締めすぎてグギッてネジ山を潰したりとかありますもんね。

「締める時にはある程度シワができてしまうんですが、締めすぎてしまうとシワが多く出てしまいますので、このシワをあとで取っていきます。その際は、まず水道水をつけて湿らせます。そしてバーナーでヘラを軽く温めてシワを取っていきます。シワを伸ばす感じですね。」


▲霧吹きでヘラを濡らしてからタンポをなでるようにして湿らせる。

▲続いてバーナーでヘラを熱する。熱すぎるとジュッと焼けてしまうので、軽く温める程度で。

▲熱したヘラで表面をなでるように動かしてシワを取っていく。

「このあたりも技術者によって色々なやり方がありまして、最初に濡れたティッシュの上に置いてタンポを湿らせておく人もいます。そうするとシワが出にくいのですが、ただ湿らせると中のフェルトや表面の膜が乾いてきて変化しやすいというデメリットがあります。なので私は経験上、湿らさずにヘラでシワを取って、タンポのフェルト自体には水分を含ませないように作業をしています。

湿らせて変化したのも含めて調整したほうがやりやすいという方もいます。このあたりは経験によってだいぶやり方は変わってきますけども。最終的には仕上がった時、もしくは何カ月かあとに変化しにくいように調整をするのがベストかなと思います。

フルートの場合タンポと呼ばれるパッドがフェルトでできているぶん水分、温度・湿度によってだいぶ変化しやすいんですよね。なので仕上がった時になるべく変化が少ない状態に仕上げるのが大事なところです。

■リークライトとフィラーゲージを使って調整

タンポ交換が終わったら、次は組み立て、そして「タンポ合わせ」と呼ばれる調整の作業が待っている。


▲分解したパーツを交換・クリーニングしたら、再び組み立てて元の形に。単に組み立てるだけでなく、しっかり音がなるよう調整は必須。

「私の場合はリークライトを使ったり、フィラーゲージを使ったり、あるいはその両方を使ったりします。比較的フィラーゲージだけで判断する方が多いですが、リークライトを使ったほうが瞬時の判断は早いのでそちらを使っています。」


▲フィラーゲージは、竹ひごの先にカセットテープを取り付けた道具で、パッドのすき間をチェックするのに使われる。第1回のクラリネットの際にも紹介したアイテムだ。

▲いろいろな角度から差し込んではパッドを閉じてすき間をチェックしていく。

「まず組んだ状態ですき間があるかないかをチェックします。フィラーゲージを使って、挟んだ時の引っ掛かりを見て判断します。」


▲無数のLEDが紐状に連なった「リークライト」を管体に通す。このリークライトは市販品を改良して、管楽器で使えるようにしたもの。

「次がサックスのときに出てきたリークライトです。これを中に通して開き具合を見ます。軽く押さえたときに前のほうだけちょっとすき間が開いているのがわかりますか? 奥のほうがついているのですが、前のほうが開いています。」


▲キイを押さえた時の光のもれ具合ですき間をチェックしていく。光のもれる方向により調整が変わってくる。かなり繊細かつ経験が必要な作業という印象だ。

「これは最初に入れた調整紙が厚かったということによって、後ろが先について前がついていないということです。これを薄くすることによって全体的にタンポが奥に入るので、前もつきやすくなる。ただタンポの厚さはある程度出してあげたいのですが、前がついていない状態なので調整台紙を薄くすることもできるのですが、薄くするとタンポがもっと奥に入ってしまってあまり出なくなってしまうんですね。」


▲プラスチック製のカードで作った自作のヘラ。角も丸くしてある。

「それを調整するために使うのがこの自作のヘラです。クレジットカードやポイントカードの切れ端をL字に折って作ったものです。前回のサックスで使っていたL字ヘラは金属製だったのですが、フルートだと(パーツの)金属が少し弱かったりタンポも弱く傷つく恐れがあるので、こういう柔らかいものを使って作っています。

――管体の金属がサックスより弱いのですか。

「弱いのもありますし、タンポ自体もサックスの革と違って少し弱い材質なんです。外側のフィルムのようなものは“ブラダー(フィッシュスキンとも言う)”という羊の腸。けっこう薄い膜ですね。水分に弱い、黄色い薄い膜です。」

現代の一般的な市販品でも動物由来の素材が使われているということに驚く。ここで新品のタンポを半分に切って、中身を見せてもらうことになった。


▲カミソリの刃で新品のタンポを真っ二つにした状態。表面の黄色い部分が、非常に薄い膜だということがわかる。

「さっきの状態はあごと呼ばれる奥の部分がついていたので、紙を薄くしてタンポをつけることもで決まる。逆にタンポをある程度出しておいて前をつけたい場合はヘラを使ってカップの角度を(ハンマーで軽く叩きつつ)少し修正したり……。」


▲おもむろにハンマーでカップを叩き始める……。ちょっと驚いたが、力を加減しながら叩いているので問題ないとのこと。

▲ヘラを挟んだ状態でカップをハンマーで叩いて、カップの角度を変えていく。調整してはフィラーゲージでチェックする。

――カップというのは外側の金属部分?

「タンポを入れている部分ですね。まだ細かく調整していく必要があるんですが、リークライトで見るとさっきけっこう開いていたところが、今はある程度は閉まっているという感じですね。」


▲再びリークライトでチェック。

「あと、感覚なので説明は難しいのですが、ここで引っ張っていただくとけっこう引っ掛かりますね。」


▲取材班もフィラーゲージでのチェックを体験させてもらった。角度を変えてフィラーゲージのテープ部分をキイで挟んでは引っ張っていく。

「こちら側をやると、スッといきますね。こんな感じで閉まっているように見えても当たり方が強かったり弱かったりというところを調整します。引っ張った時の感覚が同じになるように全面一周同じように調整します。」

――角度によってということですか。

「ある程度角度の修正をするのですが、あとは細かいところ……。今は全体的に薄くあたっていますが、場合によってはタンポが変形していて、“ここの部分だけ”とか“こっちの部分だけ”とか、部分的にすき間が大きく開いているところもありますね。その場合は紙を小さく切ってその部分にだけ入れて、すき間が開いているところだけタンポをちょっと押し出す、という感じで調整します。」


▲いったん取り付けたタンポ、キイを外して細かい調整を行う。タンポを再度同じ角度で入れられるよう注意しながら外して置き、新しい調整台紙を適切なサイズに切っていく。

以下はプロの感覚について語られた部分なので言葉で説明するのは難しいが、ニュアンスだけでも捉えてほしい。

「たとえばこれは右前、この辺が弱かったと思うので、本来角度で調節できる範囲ですけど試しに紙を入れて調整します。目印になるように見えないところに印をつける方もいますが、同じところに入れられるように外しておきます。

これも感覚によりますが、当たってはいるけどちょっと薄い感じだったのであまり厚いのを入れてしまうと入れたところだけボコッと出てしまうので、なるべく薄めのものを入れます。細かいところを見る時にはチェックをして入れる部分にしるしをつけるのですが、慣れてくるとおおよその感覚でこのぐらいかなというのが分かってくるので。慣れた方でもしるしをつける方もいますが、こんな感じで、同じ色なので分かりにくいですけど……。」


▲切った調整台紙をカップの底に置き、その上にさっきまではまっていたタンポを置いていく。

調整台紙とタンポを入れ、キイ管体に取り付けたら、再びフィラーゲージで状態をチェックしてはヘラを挟んでハンマーで叩いて調整、さらにフィラーゲージでチェック……、とチェック&調整作業が繰り返される。

ここで「けっこう一つに時間がかかります」とあっさりと説明があったが、丁寧で根気のいる工程に見える。

「これもかなり慣れていないと……。(楽器を)修理をしている人でもフルートに関してはけっこう参ってしまう人もいます。

――これは個人ではできない、絶対できないですね。やるな!と(笑)。書いておきます(笑)。

ここで再びフィラーゲージで閉まり具合をチェック。角度を変えて差し込んでは引っ張っていく。

「さっきこの辺がちょっときつかったと思うんですが、今こっち側もきつくなっていると思います。これをできるだけ同じ引っ張った感覚に揃えます。と、いう感じでこれを全部やります。」

――ひえ~。これ一日で終わりますか?

「磨きとか分解、クリーニングを含めるとやっぱり一日半ぐらい。慣れてくるとこのタンポ合わせだけであれば半日ぐらい、かかっても一日あればできます。

ただ全部組んで調整したあとで、次の日になると少し変化したりするので、その変化も見越して次の日もう一回チェックをして、という調整はしますね。」

――タンポ自体が膨らんでくるだろうし、湿度もあるでしょうし……

「フェルトに関しては“圧締(あってい)”と言って、ある程度圧力をかけると固定されてくる部分もあります。今みたいにほとんど合った状態であればクリップを使って圧締をすることがあります」

■意外な素材でできたハンマー

――さきほど使っていたハンマーですが、この打面は木で打ってるからザラザラになっているんですか?


▲打ち付け過ぎてボロボロになっているように見えるハンマーの打面。反対側の面はちょっと尖ったような形状になっている。

「これは実は豚の皮なんですよ」

――表面に豚の皮を張ってるんですか?

「いや、全体ですね。豚の皮をくるくるっと巻いて止めてあるものです。

――木づちじゃないんですね。

「“ローハイドハンマー”と言います。豚の皮を丸めて固定して作ってあるので、木づちよりも少し柔らかめになります。なので、フルートのように木づちだと傷めてしまうものに使います。

もともと製品としては(打面は)両方真っ直ぐなものですが、片方を細かいところを叩くために、自分でやすりで削っています。ただこれ削るとすっごい臭いんです(笑)。」

――今嗅いでみたんですが、この状態では匂いはないんですね(笑)。ちなみにローハイドハンマーはフルート以外でも使います?

「そうですね。サックスでもクラリネットでも楽器では何でも使えます。

あとは分解をした時点で、管体は銀磨きの洗浄剤につけてある程度きれいにします。これはクラリネットと同じ。細かいところは布で磨いたりします。たとえばターニシールド、銀磨きを使って磨いていきます。細かいところはこういう布を使います。テーブルにクランプで固定してあるんですが、繊維の細かい、メガネ拭きよりももっと細かいものです。あとはネルと呼ばれる布を使ったりもします。


▲ターニシールド(銀磨き)を塗布した綿棒で細かいところを磨いている様子。見る見る綿棒の先が真っ黒になっていく。本来の作業では液体に全体を漬けてある程度きれいになってから磨き作業を行う。

▲テーブル側面に固定したクランプから伸びているのが磨きに使う紐状の布。これをキイポストの周りなどを行ったり来たりさせることで磨いている。

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