【押し入れに眠るお宝楽器を再生させよう】第4回 フルート編(3)

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■ヘッドコルク交換

続いてはヘッドコルクの交換。作業に先駆けて頭部管を洗浄剤に漬けてきれいになった状態でスタートする。


▲洗浄剤によりピカピカになった頭管部。

▲新品のコルク(左)と使用済みのコルク(右)。大きさや表面の質感がだいぶ異なる。

「先ほどきれいにした頭管部と、コルクの新しいものと古いものです。」

――太さが全然違いますが。

「縮んで小さくなってしまったものですね。吹くところに一番近いので水分を含んで縮んだりします。水分を含むと膨らむのですが、それを繰り返して乾燥したときには縮んでいきます。新しいものは少しきつめに作られているので“なまし”ます。「なます」と言うのは、クラリネットの巻いたコルクでやったのと同じです。こういう感じで……。」

芯金を立てていた木製の台を使って均等に体重をかけながら、コルクを前後に転がしていく。ちょっとそば打ちにも似た作業だ。


▲芯金立てに体重をかけてコルクを転がしながら“なます”作業。この「なます」という言葉は、「縮める」「柔らかくする」というニュアンスで使われている。

――これで少し細くなるというかギュッと詰まる感じですか。

「そうですね。詰めますね。見た目はわからないぐらいですが、ちょっと縮んだ感じです。これで先ほどの反射板を入れて、ナットで止めます。仮止めしておいて入れていきます。


▲なましたコルクに反射板を入れてナットで止める。

「テーパーと言ってこっち(先側)が細くなっていて、逆が太くなっています。太くなっているほうしか入りません。“位置出し棒”と言って反射板の位置を決める棒を使って押し込んでいって入れていきます。これはきつく入れるものなので体重をかけて入れていきます。


▲コルクを頭管部に入れていく。

▲指で中に入れたら……。

▲さらに“位置出し棒”を使って押し込む。お腹に棒をあてて、管体を手間に引き寄せるようにして置くまで入れていく。

▲最後は打ち出し棒を下にして椅子の上に固定、体重をかけて押し込む。

――その棒は専用のものが売っているのですか。

「市販はされてませんが、専用工具として買うことはできます。これは自分で黒檀で作ったものです。変化しないようになるべく硬いもので作ります。」


▲フルートのクリーニングロッドの先端にある目盛りを目印にして反射板の位置を調整する。

「最後に、フルートのクリーニングロッドにはガーゼを通す穴の反対側に3本目盛りがあって、真ん中の線が目印になります。こういった形で、3本あるうちの両側がこの端っこで真ん中に。こういう感じで位置を決めます。」


▲クリーニングロッドを頭部管の中に入れた状態。目盛りの位置が中央に来ていることからわかるとおり、反射板の位置はぴったり。

――クリーニングロッドは、クリーニング用、兼調整用なんですね。

「そうですね。基本的にはこちらにガーゼを巻いて掃除して、たまにこちらを入れてチェックして。もし、位置がおかしければ修理に持ってきてもらって……。ご自身で位置を変えるのは難しいので。」

――確かに無理そうです。

「あとは、中のナットを軽く締めて、ヘッドキャップを締めていきます。これがゆるかったり動いてしまうようであれば中のコルクの位置が変わっている可能性があるので、たまにチェックをして。ただ締めすぎても位置が変わりますのでそこだけ注意していただいて。」


▲最後はヘッドキャップを指で回して締めていく。

「以上でヘッドコルクの交換は終わりです。」

――これは意外と早いんですね。力がすごくいるので素人ができるとは思えないですね。

「これはなかなか素人の方では難しいと思います。」

――センターを決めるにも足りなければ押し込めばいいけど、行き過ぎたら戻さなければいけないし。素人がやらないほうがいいですね。

「そうですね。これで作業はこれで一通りやったことになります。フルートは部品数は少ないのですが、ちょっと手がかかる部分が多いので、作業としてはかなり難しいかなと思いますね。」

――フルートに関してはちょっとなめていました。カンタンじゃないのかなって。

「修理の技術者にとってはクラリネット、サックスよりも気力というか、経験と根気が必要かなというところですね。」

■シェラックで接着する豆タンポ

ワッシャーを使った大きめのタンポについて交換作業を見せてもらったが、小さなタンポについて作業を見せてもらうことになった。


▲小さなタンポも交換。写真左の不良タンポはワダチが付いている。写真右が新品のタンポ。

「トリルキイの部分と、Cキイの3か所にはこういう豆タンポ、小さいので豆と言っていますが、豆タンポという接着剤でくっついているタンポを使っています。右手の、途中の小さいキイと一番左上のこの部分ですね。これはクラリネットと同じようにシェラックでついています。

これを温めてはがして、残っているシェラックを綿棒できれいにして新しいものをつけます。空気穴を開けておいて、タンポの裏側にシェラックをつけます。つける量もつけすぎてしまうと溢れてしまうので、経験によって溢れずにきちんとつく定量を入れます。


▲カップをバーナーであぶってシェラックを溶かして古いタンポをはがす。

▲カップを綿棒にきれいにしたら、新しいタンポの側面に穴を開けておく(タンポが熱で膨らむのを防ぐ空気穴)。シェラックをバーナーで溶かして……。

▲溶かしたシェラックを新しいタンポにつけたら、カップに入れて指で押し込む。

「タンポをつけたら、先程と同じく温めてヘラで補正をします。フィラーゲージを使って合っているかどうかチェックするのも同様ですね。」


▲タンポをつけ終わったら温めてヘラで調整。

「あとはこちらのタンポを全部つけ終わって調整が終わった時に、“バランスの調整”と言う作業が必要です。」

▲2つのキイを同時に締めるためにバランスをとるのが調節ネジ。

「一つずつに調節ネジがついているんですね。この部分とあと裏についている場合もあって。これは2つのキイを同時に締めるためのバランスをとる調節ネジです。」

▲2本の指で押さえた2つのキイ(GとG#)の向かって右側にネジがついているので、ネジを締めることで左側が押されていくことになる。右のキイを押さえた時に左も一緒に閉まるようにネジを調節していく。

このネジを締めていくと、こちら側(上記写真参照)にネジがついているので、ネジを締めることによってこちら側がどんどん押されていく。なのでこちら側を押したときに同じぐらいに閉まるようにこのネジで調整していきます。FとF#も全部同じです。ここもF#とEが連動していてこちらを押したときにこちらも一緒に閉まるようにネジで調整していきます。これがバランスの調整です。

――これはただネジを回して触って、という感じですか。

「そうですね。ただ、ハンドメイドといって高級な品番になるとネジがなくて。ヤマハのフルートではネジの下に革が貼ってあって、革の厚さによってバランスをとります。作業としてはけっこう難しいです。」

――かなり難しそうですね。ハンドメイドというラインは、おいくらぐらいからですか。

「高級品番なので、だいたい60~70万円クラスですかね。50万円ぐらいまでのものはネジがついているものが多いです。それ以上のものはヤマハのこだわりで、ネジよりも革の方が多いです。ネジ、金属がいっぱいついていると響きが悪くなるというより、ネジがないほうが響きが良くなるとうこともあって、ネジをなくして革にしています。なるべく余計な部品をつけないということですね。

ということで調整に関しては、一つずつの調整と、あとは一つ押したときに一緒に閉まるようなバランスの調整、この2種類が必要になってきます。あとはここの3つの豆タンポについては接着剤を溶かしてヘラで調整するという感じですね。」


▲パーツの交換、クリーニングが終わった状態。

――最後に組み立てる時は、3つの管をつなげるだけ、つなげるというかはめるだけなんですよね?

「そうですね。ただここのジョイントの部分は何も塗っていなくて金属同士を入れたり抜いたりしているので、汚れなどが入ってしまうとそこに傷がつくこともあります。これを避けていただきたいので使い終わったあとはから拭きで汚れを取っていただいたり………。」

――なにかを塗ったりはしないんですね。

「基本的には塗らないです。塗ってしまうとそこにほこりとか汚れがつきやすくなるので傷の原因になりやすいのです。なのでフルートに関しては金属同士のところは何も塗らないです。トランペットなどの抜き差しで常に中に入ってしまえるものに関してはグリスを塗っておきます。

すごく昔の方はフルートでも接続の部分に塗っている方もいらっしゃいますけど、今は基本的には塗らずに使っていただいています。入れ方によっては角で傷が入ってしまって、ネジみたいに噛んでしまうことがあるので。そうすると傷が入ったところを削って修正して、また調整するという修理がありますね。」


▲ケースも長い間使っているうちに劣化してくる。

「けっこう古くなってくるとこういう感じでケースも劣化していきます。」

――こういうデザインではなくて、ひび割れているんですね。

「押し入れから出してくるとこんな感じになります。この方はケースを交換する予定です。」

――普段から開けて風に当てたりしないといけないですか。

「使っていない間もたまにケースを開けて乾燥させて……。乾燥しすぎるのもよくないですけど、風通しをしておいていただくといいかなと思います。」

■普段のお手入れ&リペア費用

――普段のお手入れとしては、クラリネットみたいにスワブを?

「ガーゼですね。フルート専用のスワブはないので、クリーニングロッドにガーゼを巻いて中の水分をきちんと取るということが大事です。あとはクラリネットの時に出てきたかと思いますが、クリーニングペーパーでタンポの間の水分を取ったり。

それから、温度湿度の激しいところには置かないようにする。これはクラリネットやサックスと同じような感じです。」

――リッププレートはただ拭くだけでいいですか。

「そうですね。水洗いはできないのでから拭きしていただいてという感じですね。」

――学校で使っていたリコーダーは、汚れたら水洗いすればいいや!という感じでしたが。

「フルートはフェルトやコルクを使っているので水洗いというわけにはいかないですね。」


▲きれいに磨き上げられたフルート。

――ではいよいよ最後です。今日のこのフルートは5~6年押し入れに入っていたものということでしたが、これぐらい劣化したものでは修理にかかる費用はおいくらぐらい?

「修理代としてはクリーニング、磨きも含めて5~6万円ぐらいですね。あとはランクによって、先ほどのハンドメイドだとバランスの調整が難しいので1万円くらいプラスになります。」

――意外と差はないものなんですね。

「作業自体はバランス調整の違いだけなので、そんなに大きくは違わないですね」

――普段はメンテナンスは1年に1回ぐらい?

「半年から1年に1回は出していただくという感じですね。あとは普段のお手入れにかかっていますので……。」

――練習が終わったら水分を必ず拭き取りましょう、と。

「できれば練習の途中でもお時間があれば取っていただいたほうが……。練習が終わったあとだとどうしても下までもう流れていってしまうので。」

――先生のお話中にこまめに取って。

「レッスンに通っている方は、レッスンの途中になかなかできなくて、終わってから『すぐ片づけてください』って言われて、おうちに帰ってから掃除しようって方もいらっしゃるんですけど。クラリネットと同じように、おうちに帰った頃には水分を吸ってしまって、あとあと変化してきますので。なるべくこまめに水分を取ることが重要ですね。」

――管楽器はそれがけっこう肝ですね。水分をとにかくいつの時でも残さないということですね。

「それが一番重要ですね。ぶつけたりしなければ壊れませんが、管楽器は自然のもの、消耗部品を結構使っていますので、水分によって変化していきます。なるべく変化しないようにしていただくのかいいかなと思います。」


▲管弦打楽器のリペア作業は、4Fリペアセンターで行われている。部屋はガラス張りなので、リペアの様子を外から見ることができる。ヤマハ銀座店に行ったら、楽器といっしょにこちらもチェックしてほしい。

取材に協力してもらったヤマハ銀座店 管弦楽器リペアセンターでは、楽器を直接持ち込むだけでなく、オンラインでの楽器診断も行っている。自分の楽器に不調なところ、不安なところがあれば、気軽に相談してみよう。またヤマハ銀座店だけでなく全国の特約店にはヤマハのリペアグレードを持った技術者がいて、こうしたリペアに対応してもらえる。最寄りの対応店を探して、まずは相談を。


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