【レポート (前編)】<マニピュレーターズ・カンファレンス>、「シンセサイザーは一体どのように生み出されているのか?」

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■MiniBrute開発時に
■最後まで紛糾した“フィルター”の仕様

2010年に、日本を離れてフランスへ渡った生方氏は、すぐに現地でARTURIAと契約を結び、同社のソフト・シンセにプリセット音色を提供する仕事を請け負うと同時に、自然とスペックに関してアイデアを提供し始める。そうした時に、ARTURIAの社内サウンド・デザイナーが退職。それをきっかけに、同社社員となり、より深く開発業務に携わっていったのだそうだ。

「ただ、“社員”と言っても日本のサラリーマンとは、まったく違っていて。フランス人は独立心旺盛ですから、個人事業主が会社と契約するような感覚なんです。それで、社内のサウンド・デザイナーが辞めたと聞いて、“代わりがいるんじゃないか?”と話したら、“じゃあ、来てくれ”ということになったわけです」──生方

まさにそのタイミングで、ARTURIAはアナログ・シンセの企画を立ち上げ、生方氏が、その仕様決定を担うこととなる。

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藤井:ARTURIAって、スタッフは何人くらいいるんですか?
生方:今は50人ほどが働いていますが、当時は15~6人程度で、MiniBruteの開発担当は、私を入れて3人だけ。私がスペックを考えて、他の2人が、私の注文通りに動作するよう、回路を設計するエンジニアです。世の中には、1から10まですべてを自分で考案して回路まで組む、エンジニアでありつつミュージシャン感覚を持ったシンセ・デザイナーもいます。ただそういう人たちは、自分のためにシンセを作りますから、他の人には使いづらかったりするんですよ。
藤井:モーグ博士も、そのひとり?
生方:そうですね。ただあの方は、愛情に溢れた人でしたから、自分が使わない機能でも採用した。その結果、モーグのモジュラーが完成したのだと思います。
藤井:なるほど。そもそも、シンセを作ろうとした時、どういったことから考え始めるんですか?
生方:だいたいの大きさ、だいたいの仕様、だいたいの価格。あとは、オリジナリティ。そこから、回路の話に進んでいくんです。MiniBruteに関しては、「安価で手に入るアナログ・シンセを作りたい」というのがスタートでした。その段階では、300~400ユーロ程度という価格設定でしたが、まあ、それは非現実的な数字なんですけどね。
藤井:ARTURIAって、以前はソフト・シンセしか作っていませんでしたよね? どうして、低価格のハード・シンセを出そうとしたのでしょうか? そういうマーケットに参入したかった?
生方:2010年に、彼らは初めて「Origin」という、音源にソフト・シンセを積んだ、非常に高価なハード・シンセを作ったんです。それで、「ハードもいける、アナログ・シンセを作ろう」という話になったわけです。だけど社長は、「そんな物を作って上手くいくんだろうか?」と半信半疑でした。そこで私が、ドンと背中を押したんです。「これから、アナログ・シンセのブームがくるから」って(笑)。ちなみに、アナログ・シンセを作ろうと最初に言い出したスタッフって、実は今、フランス・グルノーブルの市会議員をしているんですよ。面白いでしょ(笑)。
藤井:当初、ARTURIAはどういうアナログ・シンセを作りたいと考えていたのでしょうか?
生方:いきあたりばったりですよ(笑)。「アナログ・シンセを作りたい」という意志を持っていただけで、「こういうシンセを作りたい」という哲学はなかった。それに、アナログ・シンセを使っている人間もいなかったんです。まったくノウハウがない。そこで、私が知恵を出しまくることになりました。その中で、最後まで紛糾したのが、どういったフィルターを搭載するかについてでした。
藤井:フィルターの種類、ということですか?
生方:そうです。モーグと同じ“ラダー・タイプ”にするのか、オーバーハイムと同じ“ステート・バリアブル・タイプ”にするのか、もしくは、あまり知られていない“スタイナー・パーカー・タイプ”を使うのか。ラダー・タイプは、発振音がキツめなんですが、フィルターのキレがいい。対して、ステート・バリアブル・タイプは、すごく音がきれいだけど、パンチに欠ける。一方でスタイナー・パーカー・タイプは、音が粗い。どれも一長一短があるんですね。そこで、それぞれのタイプを回路設計者に作ってもらって、試聴するわけです。
藤井:フィルターの試聴会ですか? それはすごい“利き酒会”だなぁ(一同笑)。
生方:そうそう(笑)。その時は、アナログ・シンセの開発に直接関わっていないソフト・シンセ部門の人間も集まって、どのタイプのフィルターがいいか、全員で試聴するんです。ただそうすると、やっぱりみんなは、一番聴き慣れているモーグと同じラダー・タイプを推すんですね。でも私が強硬に、「いや、珍しいものを使おう」と主張したんです。世間にアピールするためには、珍しい音を聴かせた方がいいと言い張って、それで最終的にMiniBruteには、スタイナー・パーカー・タイプが採用されました。これが大当たりでしたね。
藤井:なるほど。
生方:ただ、先ほども話したように、スタイナー・パーカー・タイプのフィルターは、発振音が粗いので、モーグのように、発振音できれいなメロディが弾けないんです。冨田勲さんが、フィルターの発振音で作り出していた口笛のようなフレーズは、これでは鳴らせない。つまり、シンセサイザーを作るということは、結局、“何を採用して、何を捨てるか”ということなんです。だから私は、延々に満足できないわけです。だって、捨てたものの中に、自分にとっての宝石が入っていますから。私は、すべての機能が全部欲しいわけです。
藤井:当然、フィルターもすべてのタイプを搭載したい。
生方:そういうことです。

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そうした生方氏の欲求は、2016年3月にドイツ・フランクフルトで開催された「Musikmesse 2016」でシンセサイザー部門の大賞したアナログ・マトリックス・シンセサイザー「MatrixBrute」という形で実現することとなった。



■キース・エマーソンのモジュラーサウンドを
■実現したいと夢見たMiniBrute

ここからは、生方氏が実際に操作を行い、参加者全員がその音を聴きながら、MiniBruteのスペック解説がスタート。

生方氏が考案し、MiniBruteの最大の特長と言える部分が、VCOセクションに搭載されているオシレーター・ミキサーだ。MiniBruteは、クラシックなアナログ・シンセと同様のシングル・オシレーター仕様だが、“ノコギリ波/三角波/矩形波/ホワイトノイズ(さらには外部入力信号)”を同時に出力でき、それらをミックスすることで、カスタムの波形を作り出すことが可能となっている。

「ほとんどのアナログ・シンセは、VCO波形を切り替えて使いますよね。シーケンシャルサーキットProphet-5は、違う波形を組み合わせられるけど、バランスは変えられない。でも、モジュラーであれば、いろんな波形を(各VCOモジュールから)取り出して、ミックスすることができる。そこでMiniBruteも、波形を組み合わせ、しかもバランス調節ができるようにすることで、一般的な減算合成による音作りだけでなく、加算合成的なシンセサイズで、より積極的な音作りができる仕様にしたんです」──生方

これこそが、「このサイズで、モジュラー・シンセを作ろう」という、生方氏の意志が反映された最たる部分だと言えるだろう。他にも、モジュレーション・ソースを自由にアサインできたり、サブ・オシレーターが2オクターブ下まで設定可能(正弦波と矩形波を搭載し、5度のピッチに調整することも可能)、さらにエンベロープをプラス/マイナスの両方向でアマウントできるといった点など、従来、同クラスのアナログ・シンセでは搭載されることがなかった、モジュラー・シンセ的なアイデアがふんだんに取り入れられている。これこそが、MiniBruteのオリジナリティだ。

また、VCOセクションには、他のシンセにはない個性的な2つのツマミが搭載されている。「Ultrasaw」は、ノコギリ波を2つ複製し、その位相をずらした状態でミックスすることで、シングル・オシレーターでありながらも、デュアル・オシレーターのピッチをわずかにずらした時のような厚みや艶やのあるサウンドを実現できる。そしてもうひとつの「Metalizer」は、三角波を折り畳んで合成することで、元波形にはない倍音感を加えられる。

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生方:このアイデア自体は、決して新しいものではありませんが、これらのパラメーターを、LFOでもエンベロープでも、同時に変化(モジュレーション)させられるようにしました。一般的なシンセでは、どちらかだけでしかコントロールできない場合がほとんどです。こういった仕様も、モジュラーの発想なんです。LFOも2系統持っているので、複雑なピッチ変調も可能なんですよ。
藤井:でも、LFOを2つ搭載したりすると、その分、コストは上がっていくわけでしょ?
生方:そこで、一部デジタル技術を使うわけです。LFOは、それ自体の音を聴くわけではないので、アナログである必要はありません。むしろ安定性が欲しい。そこで、LFOのような制御系にデジタルを使うわけです。
藤井:デジタルにすると、コストを下げられる?
生方:もちろん。1つのICチップで、いろんなことができちゃうわけですから。この考え方は、Prophet-5でも同じで、ピッチベンド機能はデジタル制御だったし、だからこそProphet-5には、オート・チューニング機能が搭載されていたわけです。同じように、制御系機能にはデジタルを採用し、発音系は完全にアナログで作りました。
藤井:そういったコスト面まで、生方さんが考えるのですか?
生方:いや、私は気にしません(笑)
藤井:“言うだけ番長”なんだ(一同笑)。コストの計算は他の担当者の仕事なんですね。
生方:そうそう(笑)。そうやって、中学生時代にMinimoogではできなかった、キース・エマーソンがモーグ・モジュラーで作り出していた音をMiniBruteで実現したいと、夢みたわけです。
藤井:やっぱり、そこに戻っていくんですね。
生方:原点に戻るんですよ。自分が子供の頃に、買いたくても買えなかったモジュラー・シンセの機能を、自分がシンセを作れるようになったら搭載しようと。でも、予算の心配は他の誰かがやってくれ、と。シンセに関して、私、すごく傲慢なんですよ(笑)。

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続く“後編”では、生方氏がプリセット音色を作り、仕様にアイデアを提供したソフト・シンセKV331「Synthmaster」、PreSonus「Mai Tai」の解説、LADY GAGAのワールド・ツアーにおける音色プログラミング秘話、そして自身が開発した「Theresyn」のレクチャーについて紹介いたします。

撮影・文◎布施雄一郎

◆一般社団法人日本シンセサイザープロフェッショナルアーツ(JSPA) オフィシャルサイト
◆RED BULL STUDIOS TOKYO オフィシャルサイト
◆ARTURIA MiniBrute オフィシャルサイト
◆KV331 AUDIO Synthmaster オフィシャルサイト
◆PreSonus Mai Tai オフィシャルサイト

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