【イベントレポート】<シンセの大学 vol.5>、「マニピュレーターもバンドの一員だという意識」

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続いてレクチャーは、毛利氏の活動のもうひとつの大きな柱であるライブ・マニピュレーターの仕事内容へ。今回はその一例として、毛利氏が長年に渡って携わっている、アニソンフェス<Animelo Summer Live>が取り上げられた。

通称“アニサマ”と呼ばれるこのフェスは、毎年8月に3日間、さいたまスーパーアリーナで開催され、50組を超えるアニソンミュージシャン、声優シンガーが登場する一大ライブ・イベント。このライブで毛利氏は、ほぼすべての出演者のバックを務めるバンド“アニサマバンド”の一員として、マニピュレートを担当している。

その仕事内容を完結に紹介するならば、毛利氏曰く、「音源には入っているけど、バンドが演奏できない、必要な音をDAWから出すこと」ということになるが、現実の仕事内容は、驚くほどに多岐に渡る。


「アニサマだと、3日間でトータル120曲ほどを演奏します。その120曲分のマルチデータを、それぞれのアーティストさんから、まずお借りします。トラックは、ある程度は先方でまとめてもらいますが、それでも1曲につき50~60トラックがあって、曲を聴く前に、まず、すべてファイルに名前を付けていきます。なぜかと言うと“Kick”なんていうファイル名は無限に存在していて、そのままでは誰の何という曲のキックなのかが分からなくなる。そこで、すべてをリネームして、MOTU Digital Performerに取り込みます。名前を付けて、ファイルをコピーするだけでも、何日もかかりますね。ちなみに、Digital Performerは、マニピュレーターさんが使っている割合が高いDAWで、他のDAWが“ひとつのプロジェクトを1曲単位”で考えるのに対して、Digital Performerは、“ひとつの「箱」の中にいくつかの曲を入れていく”といった考え方で構成されているので、ひとつの本番に対して、ひとつのプロジェクトという作り方ができるんです」──毛利泰士

こうして、Digital Performer上に各曲のマルチトラックを取り込み、リズム系、SE系、コード楽器系、上モノ系など並べるのが毛利流。そこからは、マニュピレーターの仕事だと毛利氏は言う。

「取り込んだマルチ・データを聴きながら、“たぶんこのトラックは使わないだろう”と目途をつけてきます。カラオケで歌う方の場合は全パート鳴らしますが、アニサマバンドが演奏する曲だと、ドラムやベースは使わない。ギターは2人いますが、2人で割り振ってもカバーできないギター・フレーズは、DAWから出すわけです。アニソンのライブって、いい感じに演奏すればいいというものではなく、作品のイメージになるものですから、再現性がとても大事なんです。だから、演奏は完全再現する必要があって、それを踏まえたうえで、曲を聴きながらトラックの取捨選択をしつつ、生バンドで演奏した際に邪魔になりそうな帯域を、どんどんEQしていきます」──毛利泰士

そして、マニュピレーターとして一番大事なことは、「音源をマスタリングした時のように、歌が入るスペースを残して音作りをすること」だと、毛利氏は続けた。

「CDって、ミックス後にマスタリングをしますよね。今って、マスタリングの音が重要視される時代です。でも、僕がもらうマルチはマスタリング前の音ですから、自分がボーカルの居場所を作っておくということが、音を出す側の責務だと思っています。そのためにも、たとえばギターが“ドミソ”という和音を弾いた時に、僕がDAWから出すシンセや歌とぶつかるようであれば、ギタリストに“ミソド”と弾いてもらうようにしたりもします。要は、自分もバンドの一員であって、音を出すのは僕らなので、全体を考えながら、曲を作った人と、完成した作品のイメージを大事にしつつ、どうやったらバンドで演奏した時に、僕らが納得できる形にできて、かつ、お客さんが納得して聴いてもらえるようになるか、それを考えていくんです」──毛利泰士


   ◆   ◆   ◆

ここで、関係各所の協力により、昨年開催された<Animelo Summer Live 2017 -THE CARD->で実際に使用されたライブ用データがスクリーンに映し出され、DAWの音を再生しながら、毛利氏がライブでどのような処理を行い、マニピュレーターとしてどのような役割を果たしていたのか、その詳細が解説された。

舞台演出が今回のひとつの目玉だったfhana「青空のラプソディ」では、壮大なストリングスやホーンのサウンドが、レコーディングされた音源のままでは、バンドの邪魔をしてしまう帯域があったため、そこをEQでカットしながら、かつ、あえてプラグインで歪ませることで、音が散らずにまとまるよう、ライブ用の処理がされていたことを紹介。

また、鈴村健一「SHIPS」の中間部で、観客の合唱を煽るセクションでは、DAWの再生を指定区間でループさせ、合図に合わせてループを解除させるというテクニックを実演。

「ライブの盛り上がったところで、お客さんを煽る時って、そのサイズを決めてしまうと(小節数を)数えるのが大変だし、そもそも、もっとノリに合わせてやりたいと思うじゃないですか。そういう部分は、4小節単位とかでループするように区間を設定しておくんです。そして、そろそろ終わりそうだとなったらループを解除すると、曲が先に進んでいくわけです。こうした設定は、Pro Toolsではできませんが、Digital PerformerやLogicでは可能です」──毛利泰士

また毛利氏は、メインのMacとバックアップ用のMacの2台を同時に走らせ、どちらの音を鳴らすかが切り替えられるシステムを組んでいることを紹介。これは単に、DAWがフリーズするなどのトラブル対策だけでなく、万が一、4小節のイントロを歌い手が8小節だと勘違いしで歌い始めなかった場合にも有効だと言う。つまりそうした場合は、オケを止めながらもクリックだけは鳴らし続け、もう1台のMacでタイミングを見計らい、たとえば2コーラス目のイントロから演奏に合わせてオケを再スタートさせるのだそうだ。こうした緊張感のあるライブ現場でのトラブル・エピソードに、多くの来場者が熱心に耳を傾けていた。

このように、演奏者として“音を鳴らす”という役割だけでなく、自身の判断で演奏をスタートさせ、それに舞台演出や照明など、すべての動きが追従するといった、舞台監督に匹敵する重責を担う場面があることも語られると、「これはプロじゃないとできない仕事ですね」と、そのハードさに藤井氏も驚きを隠せない様子だった。


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毛利:ライブって、音に関わることだけじゃなくて、いろんな人たちとチームになって積み上げていくものです。その中で、どれだけフレキシブルに、音楽的にやっていけるかが、マニュピレーターとして大事なことなんです。自分もバンドの一員だという意識で、音楽を奏でているという緊張感を持つことが重要だと思います。

藤井:レコーディングと違って、ショーを作り上げていくという楽しみがあって、その中の、音楽というパートを受け持っているということなんですね。そうやって、プログラマー、マニピュレーターの仕事が、だんだん進化していった、と。

毛利:そういう意味だと、最近はサラウンドでライブをやることもあって、ステレオで鳴らすのとはまた違う楽しみがありますね。大きな会場だと、音をグルグル回すというよりも、空間を作れる楽しさがあって。そう考えると、ライブ・マニュピレーターって、実はまだまだチャレンジできる分野がたくさんある仕事だと思っています。

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こうして大きな拍手の中、レクチャーは終了。ポピュラー・ミュージックの音楽制作、そしてライブ・エンタテインメントの根底を支える重要な仕事の変遷と進化を知ることができた、とても有意義な時間であった。

撮影・文◎布施雄一郎


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