【レビュー】達人が読み解く、朝倉さや『古今唄集~Future Trax BEST~』の世界

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朝倉さやのメジャーデビュー作となるアルバム『古今唄集 ~Future Trax BEST~』が4月1日にユニバーサル・ミュージックからリリースされる。これを記念し、かねてより彼女の活動の一端を見守ってきた大石晴巳氏(SBS静岡放送『ORANGE』プロデューサー)と、音楽評論家の平山雄一氏からのCDレビューが到着した。

◆朝倉さや MV・画像

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■朝倉さや、満を持してのメジャーデビュー

大きなメガネがトレードマークの朝倉さや。彼女の歌声は、人懐っこいその笑顔と同じように、明るく元気で、楽しげだ。でも、その明るく楽しい歌声が長く長く伸びていくと、聴く者はなぜか涙してしまう。明るく楽しいのに、心をどうにも揺さぶるのだ。民謡日本一にも輝いたその歌声が、今回のメジャーデビューによって、より多くの人に届くことになるだろう。

ユニバーサルから満を持してリリースされるメジャーデビュー・アルバムは、「古今唄集」というタイトルの後に「Future Trax BEST」という言葉が添えられていて、ここまでの歩みに対する自信をうかがわせる。

――Future Traxって、いったい何なのか?
ファンには説明不要だろうけれど、それは、朝倉さやが作り上げてきた独特の音楽世界だ。例えば「からめ節」や「Mr.Mamurogawa」では、伝統的な民謡と現代のポップスが1曲の中で自在に行き来する。「本当か否か/都会か田舎/違いは近い/超えてみないか」というヒップホップ的ですらあるリリックと、「ハア ドッコイ ドッコイ ドッコイナ」という合いの手とが絡み合うのだ。「山を越え川を越えはるばると コーオリャ」という民謡が、朝倉の手にかかると、「メガパーセクぶっ飛んでrun!!!」というところまで展開するのだ(メガパーセクがどれくらいの距離かは自分で調べてみてください)。

「花は霧島 煙草は国分」という出だしで知られる「おはら節」は、伸びていく歌声とピアノの音が胸の奥へと滲み入る仕上がり。あの鹿児島県民謡が、こんなにも胸を打つなんて。朝倉さやはそんなトラックの中に、「勇敢も不甲斐なさも照らしてしまえや」という1行をそっと挿入してみせる。


消えかけた伝承歌を蘇らせた「茶摘み唄」は、聴いているうちに、陸と空と、自分と世界との境界線が溶けてしまうような、静かにどこまでも広がっていくトラックだ。



伝統的な民謡が多く並んだアルバムになっているが、オリジナル曲も素晴らしい。

冒頭の「AGRIMONY ~旅さあべ~」は、たった3分の長さしかないことが信じられないくらいに壮大な音楽世界を響かせる1曲で、「旅に行こう」と誘う。そして、最終曲の「ハテナ」で自由自在に伸びたり跳ねたりしながら踊るメロディーは、この歌声がさらに遠くまで旅していくことを予感させる。知る人ぞ知る存在だった朝倉さやは、今回のメジャーデビューで、どこまで大きな存在になってくれるのか。十分な手応えと、大きな予感をたたえたメジャーデビューアルバムだ。

SBS静岡放送
『ORANGE』プロデューサー
大石晴巳

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■朝倉さや『古今唄集~Future Trax BEST~』レビュー

満を持してのメジャー・デビューアルバムだ。しかしながら朝倉さやは、改めてメジャーに打って出る必要があるのかと思わせるほどのキャリアを、インディーズ時代に築いてきた。

1992年、山形生まれ。小学校、中学校の時にそれぞれ民謡の全国大会で優勝。18歳で上京してシンガーソングライターとしての活動を開始する。その際、重要な役割を果たしたのは、プロデューサーのsolayaだった。JUJUや東方神起などを手掛けるsolayaは、その豊富な音楽知識を朝倉の規格外の歌唱テクニックと結びつけて、これまでにない音楽を世に送り出そうとした。朝倉の得意な民謡に、ダンストラックを掛け合わせて“Future Trax”と命名。結果、2015年、インディーズでありながら日本レコード大賞企画賞を受賞。彼らの冒険心と音楽の完成度の高さが、大賞に導いたのだった。

▲※古今唄集には正調「River Boat Song」とも言える、ラップなしver.が収録されている。

これまでも民謡とダンスミュージックのコラボはあった。だが、どれも企画色が濃く、一定時間が経つと魅力が薄れてしまうものがほとんどだった。しかし朝倉のトライは、質がまったく違っていた。民謡に一歩踏み込んだsolayaのアレンジの意図を汲み取って、朝倉は持てるテクニックをフルに使って“新しい音楽”を創り出そうとした。民謡という伝統に寄りかかるのではなく、だからといってダンスという若者カルチャーに媚びを売るわけでもない。新しい民謡の創出と、ダンスミュージックの可能性を拡げる試みは、今までにない景色をリスナーに届けた。そのあたりが評価されての大賞受賞だった。

さて、彼女の最新作『古今唄集~Future Trax BEST~』はそのサブタイトルにあるように、民謡×ダンストラック=“Future Trax”の進化系であると同時に、メインとなる9曲の“Future Trax”を、朝倉のもうひとつの魅力であるオリジナル曲「AGRIMONY~旅さあべ~」と「ハテナ」で挟み込むという構成になっている。

中でも注目したいのは「Mr.Mamurogawa(真室川音頭Future Trax)」だ。朝倉の故郷・山形を代表する名曲を、大胆にリメイク。80年代のダンスミュージックのファンキーなリズムをベイスにして、まずは真室川音頭を元々の歌詞で歌う。続いてのパートは、なんと完全にオリジナルの歌詞とメロディが展開される。両者の間には、まったく違和感がない。


16ビートの核心を突く朝倉の歌唱が見事だ。それは朝倉が本来の真室川音頭に秘められたダンスのグルーヴを発見し、それを意識して歌っているからこその奇跡だ。また随所にインサートされるsolayaのギター・ソロが、卓越したピッキングで三味線とは異なるスリルを付け加えている点が素晴らしい。

民謡を一度、解体して、再構築する。だから「Mr.Mamurogawa」はなんちゃって民謡でもなく、表面的なダンスミュージックでもない。日本民謡の持つグルーヴをしっかり把握し、現代の音楽として成立させるという意志をもって、朝倉とsolayaは制作に挑んだ。そして、そのトライはこのアルバムで大成功を収めている。

最初に「改めてメジャーに打って出る必要があるのか」と書いたが、インディーズ時代から追求してきた壮大なテーマを達成できたという確信があったからこそ、あえてこのアルバムをメジャーで発表したかったのだと思う。

アルバムの注目曲をもうひとつ挙げるとすれば、「からめ節Future Trax」だろう。朝倉とsolayaは、この岩手民謡の持つ情緒の深層を明らかにする。歌い出しの「からめ節」の♪田舎なれども 南部の国は 西も東も金の山♪という歌詞に対して、二人は♪都会か田舎 違いは近い 越えてみないか♪という歌詞を書き下ろす。謙遜を美徳とする昔の東北人の表現に対して、故郷の美しさを率直に賛美している点が新しい。メロディも、本来の「からめ節」がマイナーなのに対して、今回、Future Traxとして書き下ろした部分はメジャーになっていて、“東北独特の明るさ”にハッとさせられる。solayaが民謡をリズムを使って解体し、朝倉がそれを歌うことで新しい音楽として構築し直す。これこそが、いまだかつてない民謡の再構築=Future Traxなのだ。


アルバムの最後に収められたオリジナル曲「ハテナ」は、島唄のニュアンスを感じさせるメロディを持つミディアム・ナンバーで、ゆったりと『古今唄集~Future Trax BEST~』を締めくくってくれる。ディレイやエコーを駆使したコラージュのようなボーカル・アンサンブルが、アルバムのコンセプトを重層的に伝えてくれる。たとえば、なぜ「古今唄」なのか。あるいは、なぜ「Future Trax」なのか。無数の偶然が織りなす歴史の中で、今と昔がシャッフルされ、新しい音楽が生まれる。きっとその具体例として、「ハテナ」が作られたのではないかと思う。

『古今唄集~Future Trax BEST~』の核になっているのは、なんといっても朝倉さやという稀有のシンガーの声だ。どんなに離れていても、まるで隣で歌っているように耳に届く。それは広々とした草原や、山深い里で歌われてきた民謡の持つ特性なのだろう。そしてもうひとつ核があるとすれば、solayaのトラックにあるグルーヴだ。それは耳から身体に浸透して、大地を揺らす。音楽の持つ生命力と言っていい。

かつて大瀧詠一は、民謡に取材して「ナイアガラ音頭」というポップスを作った。古くは三波春夫が電気グルーヴと組んで、人々を浪曲で踊らせた。最近では藤あや子がm.c.A・Tをフィーチャーして「秋田音頭」をラップしてみせた。そして朝倉さやはそのどれとも違う音楽を提示する。朝倉の郷土愛と、solayaのワールドワイドな視野が合わさって生まれた『古今唄集~Future Trax BEST~』は、メジャー・シーンを通してどんな風に世に受け入れられていくのだろうか。楽しみでならない。

音楽評論家 平山雄一


アルバム『古今唄集~Future Trax BEST~』

2020年4月1日(水)発売
※CD/デジタル
CD:UPCY-7668 ¥3,000+税
1. AGRIMONY ~旅さあべ~
2. Mr.Mamurogawa(真室川音頭Future Trax)
3. からめ節 Future Trax
4. 豆ひき唄 Future Trax
5. River Boat Song with respect for 最上川舟唄 2020
6. 新庄節 Future Trax 2020
7. 酒田甚句 Future Trax 2020
8. 茶摘み唄 Healing Music Trax
9. おはら節 Future Trax 2020
10. たんす唄 Future Trax
11. ハテナ

<古今唄集~Future Trax BEST~【インターネットサイン会】>

2020年4月12日(日)実施
※17:00〜 朝倉さやオフィシャルTwitter(https://twitter.com/natsunoyama)にて配信予定
詳細: https://store.universal-music.co.jp/product/d2ct1204/


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