【連載】Vol.099「Mike's Boogie Station=音楽にいつも感謝!=」

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スティーヴィー・ワンダー、マーヴィン・ゲイ、テンプテーションズ、フォー・トップス、スプリームス、ジャクソン5…20世紀音楽史に煌々と輝くモータウン・サウンド その誕生~成功物語映画が遂に公開!『メイキング・オブ・モータウン』!!


▲モータウン・レコード創始者ベリー・ゴーディJr.

1960年代前半からラジオから流れるFEN(米軍極東放送網=For East Network)でアメリカン・ヒット・チャートを楽しんでいた。直ぐにリズム&ブルースが好きになり、64年、まだ中2だったけどR&B愛好会に入会して東京・市ヶ谷の喫茶店“ドナ”でのレコード・コンサートへ参加した記憶がある(確かその日の特集はオリンピックスだった、これダジャレっぽいけどホントの話し)。そんなことからモータウン・サウンドには相当早くから耳にしていた。時系列的なことはすっかり忘れてしまったけど、63年にマーサ&ザ・ヴァンデラス、スティーヴィー・ワンダーやスモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズ、それに当時の僕にとっては凄く大人の印象を感じたマーヴィン・ゲイらがマイ・ファースト・モータウンだ。またミラクルズのタムラ・レーベルが日本人名みたいなのでとても印象的だった。その頃僕らはモータウンよりタムラ・モータウンという言い回しで友達とお喋りしていた。


▲シングル「ダンシング・イン・ザ・ストリート」 from Mike's Collection

64年になるとメリー・ウェルズ(同年の“My Guy”は大好きで日本盤シングルを発売日に開進第三中学校(同期生の一人はあの池上彰くん)近くのサクラレコードで購入した。


▲シングル「マイ・ガイ」 from Mike's Collection


▲シングル「ある日あるとき」(邦題に拍手だ) from Mike's Collection

マーヴィン・ゲイとのデュオでヒットした“Once Upon A Time”もこれまたライド・オンなのだ。彼女の名はビートルズ・フリークならよくご存じですよネ)やマーヴェレッツ、コントゥアーズらの61~62年のヒットも溯って聴くことになったけど、東京オリンピック開催のこの年から翌65年にかけて何といってもフォー・トップス、スプリームス(当時は勿論シュープリームスと呼んでいた!)、テンプテーションズが大ヒットを連発していて周りのR&Bファン、アメリカン・ヒット・パレード・ファン(僕はニュー・チューンズFCにも所属してこのことがRSFC創設へ進んでいくんだけどその話しはネクストVOL.100で…)はこの三つのグループを大注目するようになった。勿論僕もすぐ日本盤シングルを何枚か購入した。


▲シングル「ベイビー・アイ・ニード・ユア・ラビング」(ライナーノーツは故・桜井ユタカさん) from Mike's Collection


▲シングル「アイ・キャント・ヘルプ・マイセルフ」 from Mike's Collection


▲シングル「愛はどこへ行ったの」(ライナーノーツは桜井温さん、ご本名クレジット) from Mike's Collection


▲シングル「マイ・ガール」 from Mike's Collection

以降現在まで55年以上もの間モータウン・サウンドを楽しむことになる。この間のモータウン・アーティストの来日公演は殆ど“出席している”。先ず1968年の“モータウン・フェスティバル'68”がマイ・ファースト・モータウンLIVE。スティーヴィー、ヴァンデラス、そしてテンプスが来日する予定だったが寸前で「My Girl」が聴けないことになってしまった。


▲“モータウン・フェスティバル'68”チラシ from Mike's Collection


▲“モータウン・フェスティバル'68”コンサート・プログラム(故・福田一郎さん、故・桜井ユタカさん、亀渕昭信さんほかの方々が執筆。カメ先輩のタイトルが文章同様素晴らしい“黒い電子計算機 モータウン・レコードの全貌”。先輩とは昨年秋のエンゲルベルト・フンパーディング来日公演時にバックステージで会いました、です) from Mike's Collection


▲LP『テンプテーションズ・ベスト・ヒット』(フェスが決まった直後は特によく聴いた、ライナーノーツは故・福田一郎先生) from Mike's Collection

テンプス初来日は73年でその模様はアルバム『イン・ジャパン』としてリリースされた(このLPのライナーノーツも故・福田一郎先生)。


▲LP『イン・ジャパン』 from Mike's Collection

88年のテンプス来日公演の際は彼らの応援団となりプレス・リリースを書かせて貰ったり、来日時にインタビューで盛り上がった。メルヴィン・フランクリン、オーティス・ウィリアムス、リチャード・ストリート、ロン・タイソン、デニス・エドワーズの5人で来日が予定されていたが、メルヴィンが体調不良で不参加。デニスが再びグループを離れアリ・オリ・ウッドソンが参加した。4人組テンプスだった。


▲テンプテーションズ/88年来日公演プレス・リリース from Mike's Collection


▲テンプス・インタビュー後の記念撮影 from Mike's Photo Book


▲1988年来日時のテンプス・メンバー4人のサイン(2枚組LP『THE TEMPTATIONS 25TH Anniversary』のバック・カバー) from Mike's Collection

2000年に横浜へMOTOWN CAFÉがオープンし関係者を招いてのパーティー(僕はMCを務めた)の為にテンプスやヴァンデラスが来日、素晴らしいLIVEを披露してくれた。


▲withテンプスのデニス・エドワーズ@Motown Café YOKOHAMA

その模様を吉岡正晴選手にビデオ撮影をお願いした…。


▲吉岡さん翻訳のベリー・ゴーディ自伝「モータウン、わが愛と夢」映画公開を機にもう一度読み直している。 From Mike's Library

直近だと3年前のテンプス来日でデニス・エドワーズにインタビュー、そしてメンバーとの記念ショットでは「Since I Lost My Baby」を合唱させて貰った、しかし残念なことにその後デニスは逝去…。招聘元からデニスにインタビューした最後の日本人は僕だったと教えられた、そのデニスとの・ラスト・ショットを含めてその模様はVOL.14に掲載した。
https://www.barks.jp/news/?id=1000141355

悔しかったのは66年8月のシュープリームス来日公演。立川基地と赤坂・コパカバーナだけのLIVEで一般公演は無し。僕のR&B師匠、故・桜井ユタカさんと知り合ったのはこの年だったけど僕はまだ高1だったためか連れて行って貰えなかった(涙)。“ティーンビート”10月号にダイアナ・ロス、故フローレンス・バラード、マリー・ウィルソン3人の日本滞在記が“シュプリームズ取材日記”(1頁)“シュープリームスに聞く30の質問“(4頁)が掲載(当時彼女たちのグループ名クレジットは統一されてなかったようだ)。ノンクレジットだけどインタビュアーは勿論当時同誌編集部所属・ユタカさん(ご本人から聞きました)。そして同号のグラビア4頁“突如やってきた!シュープリームス”“お座敷のシュープリームス”でも楽しめたりする。


▲“ティーンビート”1966年10月号166頁 from Mike's Library








▲以上の4点は“ティーンビート”1966年10月号80~83頁 from Mike's Library スキャンが下手でスミマセン…汗

マイ・モータウン・メモリーズに触れていると単行本一冊分になってしまいそうなので、本題に入ろう。



映画『メイキング・オブ・モータウン』が今月18日から順次公開される。この作品はモータウン・レコードの創始者ベリー・ゴーディがミラクルズのリーダーでソングライターとしても名作を残し、同レコードの副社長も務めたスモーキー・ロビンソン(そういえば88年来日公演時にゴルフ場通いに熱中して招聘元を悩ませたことを想い出す。この秋はジャズ・フェスに出演が予定されている。また横道に逸れてしまいそう、軌道修正しまっす!)とが進行役となってモータウン誕生、発展、成功、挫折…を語る。


▲スモーキー・ロビンソン(左)とベリー・ゴーディ

よくあるナビゲーターが台本を語る形ではなく、まさに当事者二人が語る“正史”なのだ。そこにダイアナ・ロス、マーサ・リーヴス、マーヴィン・ゲイ、ジャクソンズ、ホーランド=ドジャー=ホーランド…多くの“関係者”が史実を述べ、ジャククソン5(彼らの日本でのデビュー・アルバム・ライナーノーツは僕が書いた、また脇道、スミマセン)らの貴重な映像が鏤められている。


▲マーサ・リーヴス

マーサとは00年に個人的にいろんな話しをした。そういえばヴァンデラスのヒット作「Dancing In The Street」にキース・リチャーズがインスパイアーされローリング・ストーンズ代表作「(I Can't Get No)Satisfaction」を纏め上げたことを僕はキース本人から聞かされたこともある。またストーンズは「My Girl」(テンプテーションズの代表作、でも作者はスモーキーなのだ)をカバーしている。他のブリテッシュ・ロック関係を見るとビートルズ「Please Mr.Postman」(マーヴェレッツ)、デイブ・クラーク・ファイヴ「Do You Love Me」(コントゥアーズ)、ザ・フー「Baby Don't You Do It」(マーヴィン・ゲイ)etcもよく知られている。

少しネタバレになってしまうけど、60年代中期モータウン・レコードからは次々にベスト・セラーでが噴出し白人の若者たちへ浸透していきPOPSとして楽曲を楽しんだ。この当時モータウンはブランド化し“The Sound of Young America”と呼ばれ、この呼称は我が国でも当時のモータウン発売元のビクター音楽産業が宣伝などで積極的に使っていた。特筆すべきはシュープリームスが64年~65年にかけて「Where Did Our Love Go」「Baby Love」「Come See About Me」「Stop! In The Name Of Love」「Back In My Arms Again」の5曲がBillboard誌HOT100連続第一位に輝いたことだ。


▲シングル「ベビー・ラブ」 from Mike's Collection


▲シングル「ストップ・イン・ザ・ネーム・オブ・ラブ」 from Mike's Collection

また68年末から69年初頭にかけてBillboard誌HOT100のトップ10のうち実にモータウンが5曲を占めるという快挙を成し遂げている。それも3週連続である!!
◆68年12月28日付
(1)I Heard It Through The Grapevine・・・Marvin Gaye
(2)For Once In My Life・・・Stevie Wonder
(3)Love Child・・・Diana Ross & Supremes
(7)I'm Gonna Make You Love Me・・・Diana Ross & Supremes & Temptations
(10)Cloud Nine・・・Temptations


▲『Joel Whitburn Presents The Billboard HOT100 The Sixties』68年12月28日付 from Mike's Library

◆69年1月4日付
(1)I Heard It Through The Grapevine・・・Marvin Gaye
(2)For Once In My Life・・・Stevie Wonder
(3)I'm Gonna Make You Love Me・・・Diana Ross & Supremes & Temptations
(6)Cloud Nine・・・Temptations
(7)Love Child・・・Diana Ross & Supremes

◆69年1月11日付
(1)I Heard It Through The Grapevine・・・Marvin Gaye
(2)I'm Gonna Make You Love Me・・・Diana Ross & Supremes & Temptations
(6)Cloud Nine・・・Temptations
(7)For Once In My Life・・・Stevie Wonder
(9)Love Child・・・Diana Ross & Supremes

そのほかエディ/ブライアン/ラモントH=D=Hがホットワックス/インヴィクタス・レーベル設立のためにベリー・ゴーディと袂を分かつ話。かつてマーサがベリー・ゴーディの秘書をしていたことなど、“すっごいお話”てんこ盛りなのだ。そしてリトル・リチャード、アレサ・フランクリン(ミシガン州デトロイト出身)、ニール・ヤングが出演している。二ールはモータウン・サウンドはまさにアメリカ文化と絶賛しているが、彼がバッファロー・スプリングフィールドでその名を知られる直前の60年代中期に結成したマイナー・バーズ(80年代に日本のディスコ・シーンでも人気を読んだリック・ジェームスもメンバーだった)は当時モータウン所属であった。この辺り個人的には本作は30回くらい観たいと思うくらいディープな内容。でもそこはエンターテイメント重要視したベリー・ゴーディだ。ベリー・ゴーディvsスモーキーの100ドル・ギャンブル・シーンとか大笑いするところも頻繁に登場する。



リトル・スティーヴィー・ワンダーやジャクソン5(当時の表記はジャクソン・ファイブ)の秘蔵映像もこの映画のもうひとつの見どころで、ジャクソン兄弟4人も揃って登場する。マイケル・ファン必見作品でもあるのだ!


▲ジャクソン兄弟(左からジャーメイン/マーロン/ジャッキー/ティト)

昨年ティト、ジャーメインが来日公演。ツー・ショットも含めてそれぞれのLIVEレビューなどをもう一度チェックのほどシクヨロ!
*ティト=Vol.64
https://www.barks.jp/news/?id=1000164512
*ジャーメイン
https://www.barks.jp/news/?id=1000175039


▲シングル「ABC」(ライナーノーツは筆者…汗) from Mike's Collection


1970年代に入るとモータウンは映画産業にも進出し本拠地をデトロイトからロサンゼルスに移す。



72年10月にUS公開されたダイアナ・ロス主演映画『Lady Sings The Blues』(ビリー・ホリディ物語/奇妙な果実、日本では73年6月公開)はそのスタートだった。同年11月、湯川れい子さんのお誘いで“エルヴィス・プレスリー ハワイ公演鑑賞ツアー”に参加したんだけど、ホノルルで空いた時間にクーラーが強烈に効いた映画館でこの『Lady Sings The Blues』を楽しんだことを想い出す。

これ以上書くとネタバレケシカランと音楽ファンから指名手配されそうなのでこの辺で止めておくけど、僕は声を大にして叫ばしてもらう。映画『メイキング・オブ・モータウン』は世界制覇したモータウン・サウンドの誕生秘話、成功物語を実にリアルに描いた重要文化映画であるのだ。ライド・オン!!!



『メイキング・オブ・モータウン』
9月18日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか
全国順次ロードショー
◆監督:ベンジャミン・ターナー、ゲイブ・ターナー
◆出演:ベリー・ゴーディ、スモーキー・ロビンソン
2019/カラー/5.1ch/アメリカ、イギリス/ビスタ/112分/原題: Hitsville: The Making of Motown/字幕翻訳:石田泰子 監修:林剛
◆(C)2019 Motown Film Limited.All Rights Reserved.
◆配給:ショウゲート
◆公式サイト:http://makingofmotown.com/



☆☆☆

■『メイキング・オブ・モータウン』公開記念イベント開催

9月18日の『メイキング・オブ・モータウン』公開を記念してヒューマントラストシネマ渋谷でトーク・ショー開催が決定しました。
*1回目
場所:ヒューマントラストシネマ渋谷
https://ttcg.jp/human_shibuya/
日時:9月21日(月・祝)
  13時の回(上映終了後にトーク・ショー)
登壇者:湯川れい子さん Mike Koshitani


▲湯川れい子さん

*2回目
場所:ヒューマントラストシネマ渋谷
https://ttcg.jp/human_shibuya/
日時:9月23日(水)
18時30分の回(上映終了後にトーク・ショー)
登壇者:ピーター・バラカンさん 林剛さん
*チケット販売方法は後日決定次第『メイキング・オブ・モータウン』HPで発表します。
http://makingofmotown.com/
*いずれの上映会も登壇者は予告なく変更する場合がございますこと、予めご了承ください。
【注意事項】
*内容はすべて予定です。登壇者及び内容は、予告なしに変更する場合がございます。
*特別興行の為、各種招待券はご使用いただけません。
*全席指定・定員入替制での上映となり、専用のチケットをお持ちでない方はご覧になれません。
*転売・転用を目的としたご購入は、固くお断りいたします。
*いかなる事情が生じましても、ご購入・お引換後の鑑賞券の変更や払い戻しはできません。
*場内でのカメラ(携帯電話を含む)・ビデオによる撮影・録画・録音等は、固くお断りいたします。保安上、入場時に手荷物検査を行う場合がございますこと、予めご了承ください。
*ご来場の際は、ヒューマントラストシネマ渋谷にて行われているマスク着用をはじめとした新型コロナウイルス感染症予防対策へのご協力をお願いいたします。ご協力いただけない場合には、ご鑑賞をお断りさせていただく場合がございます。取り組みの詳細につきましては↓でご確認下さい。
https://ttcg.jp/topics/2020/05201300_10996.html
*トーク・ショー、本編のご鑑賞の際には、会話や発声はお控えください。

▲▲▲

今号ではもう一作、『ランブル 音楽界を揺るがしたインディアンたち』大推薦映画をご紹介する。


▲ウラリ:(C) Rezolution Pictures

アメリカ先住民/インディアンがアメリカ・ポピュラー・ミュージックへ大きな影響を及ぼしていることは1970年前後我が国でも語られてきたが、残念ながらこの事実はなかなか多くの人々には浸透しなかった。ロックは勿論ブルース、ジャズ、R&Bが発展し広く知れ渡っていく中でインディアンをルーツに持つミュージシャンらが革新的な流れを生み出していった。この映画はアメリカ音楽界でインディアンが如何に重要な位置を占めていたかということを強く教えてくれる。そして本作にはローリング・ストーンズ、スティーヴン・タイラー、ロビー・ロバートソン、ジミ・ヘンドリックス、クインシー・ジョーンズ、ジャクソン・ブラウン、トニー・ベネット、ランディ・カスティーヨ、タブー、そしてチャーリー・パトンにハウリン・ウルフetcが登場してくる。これだけアーティスト名を記せば広く音楽ファンに興味深くマスト作品だということも分かってもらえると思う。

僕は今回この映画に触れるまで普段何気なく楽しんでいるサウンドがこんなにもインディアン・ルーツと深く関わっているとは思わなかった(驚)!
思い起こすと1970年代初頭のロック&フォーク・フリークの間でインディアン・アーティストが結構話題になった。僕がデビュー・アルバム(LP)のライナーノーツを書かせて貰ったジェシ・エド・デイヴィスやレッドボーン。彼らはスワンプ・ロックの旗手としてミュージック・シーンに登場した。


▲ジェシィ・エド・デイヴィス:Getty Images


▲レッドボーン:(C) Joseph Dominguez

そして71年箱根アフロディーテでピンク・フロイドLIVEの前にそのステージを楽しんだバフィ・セイント・マリーもいた(ここでのアーティスト表記は本作字幕監修のピーター・バラカンさんのスタイルにしま~す)。


▲バフィ・セイント・マリー:Getty Images

しかしそれから僕は音楽界におけるインディアン・ルーツを忘れていた。1995年に朋友バナード・ファーラーがスティーヴィー・サラスとのプロジェクト/ニッケルバッグを組んでの日本公演時に二人とはインタビュー以外にも六本木で“大暴れ”したけど、その時ふとスティーヴィーが自分のルーツに触れたことが印象深かった。


▲スティーヴィー・サラス: (C) Rezolution Pictures

実はこの映画「ランブル 音楽界を揺るがしたインディアンたち」のエクゼクティヴ・プロデューサー(そして勿論出演もしている)がスティーヴィー・サラスなのである。彼はアパッチ族だ。

丁度その頃だったと記憶しているけど、新宿やニューオリンズでこれまたぶっ倒れるまで飲み明かしたネヴィル・ファミリーの一員でキース・リチャーズの音楽仲間アイヴァン・ネヴィスも本作に登場する、彼はチョクトー族だ。この話もあまり表面には出てこなかった。


▲アイヴァン・ネヴィル@新宿:Pic.by Mike

その後ニューオリンズへ渡った山岸潤史がザ・ワイルド・マグノリアスで脚光を浴びたことはよく知られる。断片的ではあるが折にふれマニアの間で語られていたアメリカ先住民の音楽をこの映画を通して多くのファンへ教えてくれる。一度ならず、二度三度と鑑賞しアメリカ・ポピュラー音楽の深層をじっくりと味わいたい。映画プログラムのピーターさんや野口久美子さんの掲載文もとても“参考”になる。因みに“ランブル”はリンク・レイ1958年のヒット作タイトル、この作品はその後多くのアーティストに多大なる影響を与える。本作で彼は“未来に向けた音を出したギタリスト”と表されている。


▲リンク・レイ:Photo by Bruce Steinberg, Courtesy of linkwray.com

*映画「ランブル 音楽界を揺るがしたインディアンたち」全国順次公開中!
http://rumblethemovie-japan.com/

◆「Mike's Boogie Station=音楽にいつも感謝!=」まとめページ
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