【音楽ギョーカイ片隅コラム】Vol.138「ブラックフライデーは、Patti Smithと」

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只今、11月28日午前6時16分。<A Black Friday Performance>と題されたライブ・ストリーミングを見終えて一息ついたところだ。現地時間では11月27日午後3時のティータイムだが、ここ日本は土曜の早朝5時である。こんな時間に目覚ましをセットしてまで配信ライブを観ようと思うことはそうないけれど、パティ・スミスなら話は別だ。

コロナ禍となる以前の2月に<2020 Tibet House Benefit>出演して以降、彼女の表立った活動としては9月のNational Voter Registration Dayにジョーン・バエズ、マイケル・スタイプ、シンディ・ローパーといった錚々たる面々が登場した「People Have the Power」のリモート・コラボを実施した他、つい先日のアメリカ大統領選挙投票日にニューヨーク市内でストリートライブを決行したことが現地メディアによって大きく報じられていたのが記憶に新しい。今回のストリーミング・ライブ開催を自身のSNSを通じてアナウンスしたのは2週間ほど前だったのだが、20年前のフジロックで彼女に一撃された私は迷うことなくチケットを購入。たった10ドルという価格と海外のチケット販売システムの無駄なき優れた在り方に驚かされたりしてこの日を待っていた。


開始時刻になるとスクリーンにはプライベート・スタジオらしき場所が映し出された。そこに現れたパティ・スミスはワールドワイド・イベントに相応しい“Welcome to our time zone.”という独特な言い回しで観る者を出迎えてゆったりとショーが始まった。娘のパリスとトニー・シャナハンを加えて繰り広げられた約1時間のショーではポエトリーディングや弾き語りを含めた11作品が披露されたのだが、終始感じたのはパティ・スミスと自分との間の距離の“近さ”だった。まるで自宅にでも招かれたようにリラックスして楽しめたのは、友に語りかけるような彼女の声の調べと画面越しでも感じ取れるほど穏やかで暖かみのある空間が醸し出す雰囲気のせいだろう。配信でこんな風に感じたのは、ColdplayのクリスがInstagramでライブ配信した時以来の二度目である。

このショー全体を通して最も印象に残ったのは、すべての作品が誰かを想って歌われていたことだ。中でも「初めて聴いてから50年が経つ」というリリースから50周年を迎えたニール・ヤングの「After the Gold Rush」のカヴァーとこの日に誕生したジミ・ヘンドリックスに捧げられた「Elegie」の2曲には両アーティストへのリスペクトと祝福が込められていた。一方、「Elegie」が収録された彼女のデビュー・アルバム『horses』もこの11月でリリースから45年もの月日が経過している。こうしたレジェンドたちの饗宴を配信で拝むというのはとても不思議なものだが、これもまたひとつの新たな音楽の掘り下げ方として根付いていく方法のひとつかもしれない。その他、「女性、母親たちへ」と前置きされた自身の結婚出産後の復帰作「Dancing Barefoot」では該当者の一人として大いに勇気づけられたし、最後に奏でられた「Pissing in a River」は様々な苦境に立つすべての人々に贈られたように感じた。社会問題についても常にメッセージを発信し続けている彼女はこの日もコロナ・パンデミック、地球温暖化、世界的飢餓について言及していたが、特にコロナ・パンデミックによって失った大切な人のことを思い、人生に希望を持つことの大切さを訴えかけた言葉やパフォーマンスはこのストリーミングを視聴している・していないに関わらず、この世に生きる者すべてへと向けられた応援メッセージであったように思う。
これほど深くて優しい愛ならば、たとえストリーミングであろうとも、海、国境、すべてを越えて人々の心に伝えられることを体現した素晴らしいパフォーマンス。20年前のフジロックで見せたパッションの塊のような熱いステージもいいが、今回のようにアットホームな温もりの中で静と動の波が心に押し寄せてくるようなショーも大変よかった。


女性特有の強さと優しさが軸にある唯一無二のアーティスト、パティ・スミス。今も昔もぶれることなく表現者として存在し続ける彼女のショーの視聴料は、前述のとおりたったの10ドルだった。彼女の他を思いやる優しさと正義に溢れた力強い歌声と卓越した渾身のパフォーマンスにはいつだって心が大きく揺り動かされるのに、手数料を入れたって12ドルに満たない。これは彼女がお金のためにやってないこと明白にしている。それにこのコラムを書き終えようという今、ようやく朝日が差し込んできたのだが、ふと「今日をいい日にしよう」と思った自分に驚いた。こんな風に、気持ちを前向きに変えてくれる彼女の人柄が滲んだライブ・パフォーマンスがたまらなく好きなのだ。かれこれ何年も来日していないがまた必ずライブで観たい海外アーティストの一人であり、憧れの女性である。

文◎早乙女‘dorami’ゆうこ

◆早乙女“ドラミ”ゆうこの【音楽ギョーカイ片隅コラム】
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