いい音爆音アワー vol.145「ナイス♪こぶし特集」

ツイート
爆音アワー
いい音爆音アワー vol.145「ナイス♪こぶし特集」
2023年11月15日(水)@ニュー風知空知
「こぶし(小節)」というのは、歌に表情をつけるのに最も基本的な方法のひとつですから、童謡や唱歌は別として、プロの歌手ならば誰もがふつうに使う技術です。ただ、人によってそのこぶしの様子はまさに千差万別。今回は私が好きなこぶしの使い手の中から、なるべく年代やジャンルが偏らないように選んでみました。
ところで、こぶしと同様、歌唱につける装飾音に「ビブラート」というものがあります。こぶしはいろんな部分に現れますが、ビブラートはフレーズの終わり、つまり語尾につくものですね。で、私はこぶしは好きだけどビブラートは好きじゃありません。本来こういう装飾音は、楽器のアドリブみたいなもので、意図して音列をつくって出すわけですから、音選びやリズムにセンスや技倆を求められます。でも、ビブラートは語尾の伸ばす音を、一定の音程の上下幅、一定のリズムで揺らすだけなので、特にセンスは要らないし、聴く方としてもあまり面白味を感じません。また、歌い手にとっては、語尾の音程を正確にしっかり出さなくてもごまかせるという“利点”もあり、ビブラートが単純に癖になっている人も多くて、それが嫌なのです。まあ、たとえば前川清さんのように個性的なビブラートなら、いいのですが。
ということで、私のお薦めするこぶしのいろいろ、聴いていきます。


ふくおかとも彦 [いい音研究所]
  • ①Marlena Shaw「Rhythm of Love」

    マリーナ・ショーは1942年、ニューヨーク市の郊外で生まれたジャズ&ソウルシンガーです。1967年にデビューして、大きなヒットはないながら、中堅どころの実力派シンガーとして、現在まで歌い続けています。ある人が、「こぶしの廻し方」において、エラ(Ella Fitzgerald)やサラ(Sarah Vaughan)がヘビー級なら、彼女はウェルター級の最高のボクサー、なんて表現をしていました。「Rhythm of Love」はそんな彼女の歌唱が、蝶のように舞って蜂のように刺してくる、ナイス・チューンです。
    実はカバーで、オリジナルは“Brandye”という女性グループですが、これはよくあるチープなディスコアレンジ、かつ歌も力不足で、同じ曲だと思えないほど。料理の仕方で曲ってこんなに変わるんですね。

  • ②Gladys Knight & the Pips「Make Yours a Happy Home(胸いっぱいの幸せ)」

    「The Empress of Soul(ソウルの女帝)」の異名を持つグラディス・ナイトですが、私は「アメリカの美空ひばり」と呼んでいます。声そのものに哀愁を感じます。まあ黒人ソウルシンガーはそういう傾向があるんですが、この人の歌には時々感極まったように、こぶしの果てに声が“爆発”するようなところがあって、それが他の人にはない魅力だと感じています。
    「Make Yours a Happy Home」は、1974年の「愛しのクローディン」という映画のサウンドトラックとして制作されました。サウンドトラック全体をカーティス・メイフィールドが担当したので、この曲も作詞・作曲・プロデュースがカーティスです。サントラアルバムは74年3月に発売されましたが、シングルはなぜか76年発売です。

  • ③Sam Cooke「A Change Is Gonna Come」

    サム・クックは、その実力も人気も絶頂期だった1964年に33歳で射殺されて亡くなり、しかも原因は謎のままという、たいへん残念な最期を遂げましたが、レイ・チャールズ、ジェイムズ・ブラウンとともに、ソウルミュージックの創始者の一人とされる重要人物です。
    彼がボブ・ディランの「風に吹かれて」に刺激されてつくった、自身最初で最後のプロテスト・ソングが「A Change Is Gonna Come」ですが、アルバム『Ain't That Good News』の1曲として1964年2月に発表、そしてなぜか10ヶ月もあとの12月22日にシングルのB面として発売、だけど発売日の11日前に死亡、という顛末でした。しかし、当時の公民権運動のアンセムとして広まり、名曲として語り継がれ、「ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500(2021年版)」では3位に選ばれました。

  • ④Paul Simon「Still Crazy After All These Years(時の流れに)」

    アフリカ系アメリカ人3人を紹介しましたが、やはりソウルにはコブシがつきものという感じですね。今度は白人でポール・サイモン。1975年10月発売、4枚目のソロアルバムとなる『Still Crazy After All These Years(時の流れに)』のタイトル曲です。よく聴くと、なんだかとても難しい曲なんですけど、彼の、さりげないスムーズなこぶしを伴った、説得力のある歌唱によって、そんなふうには感じさせません。さすがです。

  • ⑤森進一「港町ブルース」

    ここまでの曲の「こぶし」は、向こうでは(当たり前ですが)「こぶし」とは言いません。元はギリシャ語なんですが「melisma(メリスマ)」と言うんですね。メリスマは「言葉の1音節に複数の音を当てる装飾的な歌い方」という定義です。だから表面上はこぶしと同じことなんですが、やはり言葉が違うと気持ちが違うというか、細かいニュアンスの違いはあるんだろうなと思います。
    で、本家日本の「こぶし」となるとやはりまずは演歌ですね。私は音楽ディレクターの仕事をしていた渡辺プロ時代、一度だけ演歌歌手の担当をしたことがあります。その時、作曲をあの猪俣公章先生にお願いしたのですが、新米で生意気だった私は、演歌でも何か新しい試みをしたくて、歌入れの時に、「こぶしをまったく使わずに歌うのはどうですかね?」と猪俣先生に提案してみたら、0.2秒後に「バカヤロー、演歌はこぶしだ!」と怒鳴られました。それくらい、演歌とこぶしは切っても切れないということですね。ただ、演歌にはビブラートもほぼもれなくついてくるので、そこが私には問題なんですけど。
    演歌界を代表して、森進一の、猪俣公章作品の一つ、「港町ブルース」を選びました。作曲は猪俣公章ですが、作詞は「深津武志」。誰かと思ったら、この歌詞、「港町ブルース」というタイトルのもと、全国各地の港町の地名を盛り込んだ歌詞を一般公募したもので、37,528通の応募の中から7人の詞を選び、なかにし礼が補作して完成したとのこと。深津武志はその7人の一人で、1番の歌詞の一部分をつくっただけなんですが、作詞者として登録されたんだそうです。

  • ⑥青江三奈「池袋の夜」

    森進一は1966年6月20日に、「女のためいき」というシングルでデビューしたのですが、その1日あとにデビューしたのが青江三奈です。同じビクターなので、なぜ発売日が1日違うのかが疑問なんですが。で、2人とも極端なハスキーヴォイスだったので、「女のためいき」にちなんで「ためいき路線」なんて呼ばれました。
    さて彼女は、1969年にはレコード年間売上金額が日本の全歌手の中で1位だったという、人気歌手でした。「港町ブルース」も1969年。すごい“演歌時代”だったのですね。
    この頃、私はまだ大阪に住んでいましたが、この曲に、「池袋」という街のイメージを刷り込まれました。

  • ⑦菅原都々子「月がとっても青いから」

    こういう演歌のこぶしのもとは「昭和歌謡」ですね。さらにその源流は浪曲とか、小唄・長唄などの邦楽になるんでしょうが、ここで昭和歌謡から1曲、菅原都々子さんの「月がとっても青いから」です。
    1937年、10歳でデビューして、1951年1月3日、第1回NHK紅白歌合戦に出場。その出場者の内、唯一ご存命で現在96歳。1955年、28歳の時の大ヒットがこの「月がとっても青いから」です。作品もとても好きなのですが、彼女の声とこぶしがとても個性的でステキです。ビブラートも多いのですが、彼女の場合はちゃんとコントロールが効いているので◎です。

  • ⑧Spinna B-ill & the Cavemans「まっすぐに」

    次は日本のポップスでのこぶしです。桑田佳祐が前川清からの影響を公言しているように、演歌からの影響を受けている人も多いと思いますが、この人はどうなんでしょう?
     このイベントでも2回くらいご紹介している日本人レゲエミュージシャン、“スピナビル”。「日本人離れした」なんていう表現がよく使われますが、それって何と言うか「日本人にしては」みたいなちょっと卑屈なニュアンスがあるような気がします。この人の場合は、ほんと自然体でレゲエをやってるし、かつ日本人の感覚もふつうに持っているという、言わば「トランスフォーメーション・シンガー」です。

  • ⑨エミ・マイヤー「登り坂」

    エミ・マイヤーは父親がアメリカ人、母親が日本人で、京都生まれのシアトル育ち。詞曲ともにつくりますが、英語と日本語どちらでも歌詞を書きます。ハイブリッドのせいか、歌い方はかなりユニーク。こぶしはありまくりですが、演歌の匂いはまったくしません。

  • ⑩Aaron Neville with Kenny G「Even If My Heart Break」

    私は彼のことを「こぶし大将」と呼んでいます。先程のエミ・マイヤーをさらに天日干しにしたような、もう体幹にまで染み込んだようなこぶし唱法です。今回は選んでいませんが、奄美の「ヒギャ唄」と呼ばれる、朝崎郁恵さんや元ちとせさんの歌唱とも通ずるものがあります。
    アーロンが、サックス奏者のKenny Gとコラボした「Even If My Heart Break」はケニーの6thアルバム『Breathless』に収録されましたが、同時に映画「ボディガード」でも使われまして、そのサウンドトラックアルバムにも収録されました。これは世界で最も売れたサントラアルバムで、4500万枚も売れているのですが、ケニーの『Breathless』もめちゃくちゃ売れて、世界で1500万枚と言われています。両方で6000万枚というレコードにこの曲は入っているわけで、そんな曲そうそうないですよね。

  • ⑪山下達郎「ミライのテーマ」

    山下達郎もしっかりこぶしのある人ですね。彼の場合は、演歌や歌謡曲からの影響は絶対あると思いますが、それをポップス風に聴かせる、自分のスタイルを確立していると思います。たとえば桑田佳祐と比べると達郎のほうが、少しポップスよりだと感じます。その理由はうまく説明できませんが。
    昨年リリースされた最新アルバム『SOFTLY』に収録されましたが、細田守監督アニメ映画「未来のミライ」オープニング・テーマとしてつくられて、シングルとしては2018年に発売されています。通算51枚目のシングルだそうです。

  • ⑫竹内まりや「明日の私」

    夫婦で並べなくてもいいのですが、私は彼女のこぶしが好きなんです。全然大げさじゃなくて、さりげない自然体のこぶしですが、それが彼女の歌の魅力になっていると思います。カーペンターズのカレンを彷彿とさせるところがあって、なんとも軽やかで明るいんですね。
    彼女に比べると達郎のこぶしはかなりウェットかもしれません。

  • ⑬大滝詠一「さらばシベリア鉄道」

    アルバム『A LONG VACATION』のためにつくった曲で、詞はもちろん松本隆ですが、唄っていて、どうもしっくりこない。女性の言い回しがあるので、女性が唄うほうがいいんじゃないかと思ったのと、男女の会話形式なんで、これは「木綿のハンカチーフ」だと気づき、太田裕美に提供した…ということなんですが、でも結局自分でも唄ってアルバムに入れたのはなぜなんだ?という理由は、本人何も語っていません。
    サビの部分の唄い回しが、彼女と大瀧さんでは違います。特に「伝えておくれ」の「れ」の伸ばしで、これは大瀧さんが「裕美ちゃんのほうは“ホントに(待っていると)伝えてほしい”という気持ちで、「れ」をまっすぐ伸ばしているけど、僕のほうは“どうせ伝わらないだろう”という気持ちを表すために音を下げた」そうです。
    また「これは自分の中では一番歌謡曲に近くて、自分の歌謡歌手としての力量を試された歌」なんだそうです。ひょっとしたら、それを受けて立つために、やはり自分でも唄うことにしたのかもしれませんね。
    で、大瀧さんって、こぶしは軽めで、山下達郎より竹内まりやに近い、つまりウェットでなくてドライ派ですが、この曲のサビはちょっとウェット度が高い。それは彼が歌謡曲だと意識していたからなんでしょうね。

  • ⑭Mariah Carey「Emotions」

    「世界一高い声を出すシンガーソングライター」としてギネス・ブックに登録されているマライア・キャリーですが、また「メリスマの女王」と呼ばれ、90年代以降のすべてのR&Bシンガーに影響を与えたと言われています。1990年のデビュー曲「Visions of Love」から、そのメリスマ唱法、つまりこぶしは「これでもかー」って感じですが、翌年の2ndアルバム『Emotions』のタイトル曲でのこぶしはさらに自由自在、プラス、もうひとつの強力な武器である「ホイッスルボイス」も乱発しています。

  • ⑮Queen「Somebody to Love(愛にすべてを)」

    フレディ・マーキュリーはもちろんこぶしもうまいんですが、どれを選ぶのがいいか迷った末に「Somebody to Love」にしました。「Bohemian Rhapsody」から1年後にリリースされたシングルですが、あの曲に負けず劣らずの凝りまくった録音で、フレディ、ブライアン・メイ、ロジャー・テイラーの3人で100人分のコーラスを重ねているとのことです。
    オリジナルのシングルジャケットのイラストは誰が描いたのか判らなかったので、Chat GPTに訊いてみたら、「フレディ・マーキュリー、ブライアン・メイ、ロジャー・テイラー、ジョン・ディーコンがそれぞれ自分自身を描いたものです。各メンバーが自らの顔を描いて、それを合成してジャケットアートワークを完成させました」と回答されました。どの顔も同じタッチなので、それぞれが描いたはずがないのはひと目で判るんですがね……。

  • ⑯Sheryl Crow「Good Is Good」

    こぶしが好きでビブラートが好きじゃない私にドンピシャなのがシェリル・クロウとあいみょんです。年の差は33もあって、クロウはたぶんあいみょんの母親よりも上でしょうが、2人ともこぶしが絶妙でありつつ、ビブラートはほぼないという、実は居そうでなかなか居ない貴重なボーカリスト。アコGの弾き語りが基本スタイルということからも、あいみょんはシェリル・クロウの後継者だと、なぜか誰も言いませんが、私は思っています。
    「Good Is Good」のサビ前のフレーズの見事なこぶしには、何度聴いてもホレボレします。

  • ⑰あいみょん「愛の花」

    なぜ、「こぶしがうまいけど、ビブラートはしない」という人が少ないかというと、「ビブラートをしないようにしよう」という教えがないからですね。だから本人が意識するか、私のような偏屈な人が、プロデューサーやディレクターとして指導をしないと、なんとなくやってしまいます。あいみょんはどちらなんでしょうか?
    さて、今年のNHK上半期のテレビ小説「らんまん」の主題歌が、彼女の「愛の花」という歌でした。全部観て、ドラマもよかったのですが、月曜から金曜の週5日を半年間、合計100回以上は聴くので、つまらない曲だと観る気をなくしてしまいます。「らんまん」の「愛の花」は何度聴いてもいいなと思いました。

次回の爆音アワーは・・・

                        
この記事をツイート

この記事の関連情報

*

TREND BOX

編集部おすすめ

ARTIST RANKING

アーティストランキング

FEATURE / SERVICE

特集・サービス