フーのピート・タウンゼント、11人の死者を出した21年前のライヴを振り返る

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21年前の'79年12月3日、オハイオ州シンシナティのRiverfront Coliseumで行なわれたWhoのコンサートで、11人のファンが窒息死または圧死するという悲劇が起こった。この日の公演は全席自由だったため、いい席を獲得しようという大勢のファンが入口の前で扉が開くのを待ち構えていた。不運にも、この入口の扉がたった1つしか開けられなかったため、当然のように殺到したファンがなだれ込み、開演前に11人の死者を出すことになってしまった。

当時、Whoはコンサートを続行したことで非難を浴びたが、メンバーはステージ終了まで無残な事故のことを知らされておらず、事実を知ってひどくショックを受けていた。大きな会場で全席自由のライヴが行なわれなくなったのは、この事故による影響が大きい。

LAUNCHではWhoのPete Townshendにインタヴューし、彼らは悲劇の事故を知らされた後、起こってしまった事実をどうやって受けとめていったのかと質問してみた。
「そのこと(事故の事実)と、それによる苦悩に対処したよ。Bill Curbishley、僕、マネージャー、コンサートのプロモーションに関わっていた2人、もちろんメンバーに、その時ツアーに同行してた女性たち、おそらくその全員が、酒を飲んで酔っ払うという方法でね」
「他にどうしようもなかったんだ。そうでもしなけりゃ、みんな眠ることさえできなかった。自分たちに責任があるのかどうかもわからなかったんだ。(事故において)自分たちがどういう役割をはたしたのかさえ、定かでなかった」

Gary Graff、デトロイト、Bruce Simon、ニューヨーク
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