『夢の翼 ~ヒッツ&ヒストリー~』リリースに見る、ポール作品を貫く秘密

ポスト
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大衆性と実験性、パーソナリティと芸術性が、
拮抗し合いながら融合しているバランス感覚。
そして軌跡に残る、有無を言わさぬ“才”の暴走!


ポールの作風のカギであり魅力でもある“二面性”

最新ベストアルバム

『夢の翼 ~ヒッツ&ヒストリー~』

2001年05月09日発売
TOCP-65746-47 2枚組み 3,500 (tax in)

Disc1:1~19 Disc2:20~41

1 Listen To What The Man Said
2 Band On The Run
3 Another Day
4 Live And Let Die
5 Jet
6 My Love
7 Silly Love Songs
8 Pipes Of Peace
9 C Moon
10 Hi Hi Hi
11 Let 'Em In
12 Goodnight Tonight
13 JUNIOR'S FARM (DJ EDIT)
14 Mull Of Kintyre
15 Uncle Albert/Admiral Halsey
16 With A Little Luck (DJ EDIT)
17 Coming Up
18 No More Lonely Nights
19 Eat At Home

20 Let Me Roll It
21 The Lovely Linda
22 Daytime Nightime
23 Maybe I'm Amazed
24 Helen Wheels
25 Bluebird
26 Heart Of The Country
27 Every Night
28 Take It Away
29 Junk
30 Man We Was Lonely
31 Venus And Mars/Rockshow (Single Edit)
32 Back Seat Of My Car
33 Rockestra Theme
34 Girlfriend
35 Waterfalls
36 Tomorrow
37 Too Many People
38 Call Me Back Again
39 Tug Of War
40 Bip Bop/Hey Diddle
41 No More Lonely Nights (Playout)


公式ホームページ上では3年くらい前から情報が流れていたポール・マッカートニーのベスト『夢の翼~ヒッツ&ヒストリー』が2001年5月9日にいよいよリリースされ、話題を集めている。

何故3年も前からファンに知らされていたのかというと、このベストに絡めて作られる同名テレビドキュメンタリー用の映像なり音源なりの貴重な素材提供をファンや各メディアから募っていたためだ。つまり、自分でも把握できないほど、素材が世界各国に散在しているということ。それほど、長期にわたってワールドワイドな活動を続けてきたという証明だ。

このテレビ・プログラムはリリースに合わせて、アメリカABCで放送されるという。そして、年末にはレアトラックを集めたボックス・セットのリリースも予定されている。というわけで、この2枚組は'70年代ポール・マッカートニーを振り返る壮大なるプロジェクトのイントロ。

このアルバムには何はともあれ外せないヒット曲と代表的ナンバーを集めてみようという主旨のもと全39曲が収録されている。'79年リリースの『ウイングス・グレイテスト』'87年リリースの『オール・ザ・ベスト』の2枚のベストとダブる曲も多いが、音質は24ビットのデジタル・リマスタリング。未発表曲を1曲収録している。

ビートルズの歴史を一連の『アンソロジー』プロジェクトで総括し終え、その後は当然のようにソロ作品に移行、昨年から今年にかけてジョンジョージもソロ・アルバムのリマスター盤がリリースされ、好評を得た。

今回いよいよポールの登場となるが、解散後も最も精力的に音楽に取り組み、多くのマテリアルを残しているアーティストだけに、その活動を総括し、編纂する苦労は相当なものだったと想像される。

そしてそれ以上に、ポール自身、この時期を思い返すのはとても複雑な心境だったのではないだろうかと、思わずにはいられない。

'70年代のポール、つまりウィングス時代のポールは常にバッシングの対象でありつづけた。ビートルズ脱退宣言を行なったため、ひとり悪役となり、元メンバーはおろか世界中のビートルズ・ファンまでも敵に回してしまったショックは相当ヘヴィな出来事であったに違いない。しかもポールはメンバーの誰よりもビートルズ存続を願っていたことを考えても、その思いは複雑であっただろう。そんな'70年代を振り返るためには、30年間の長い時間もいたしかたなかったのかもしれない。

ヘヴィな問題を抱えつつも、'70年代のポールは音楽的、人間的にもエネルギーに満ちていた。

愛妻リンダを得たことによって、心のリハビリを終えると、本格的に音楽活動を再開。メディアからのバッシングをバネとし、袂を分かった盟友ジョン・レノンをライバルに想定したことで、ポールの才能は一気に爆発することになる。

アルバム『マッカートニー』『ラム』の酷評を気にも留めず作品を作り続け、ウィングスを従えた'70年代中期以降のアルバム『バンド・オン・ザ・ラン』『ヴィーナス&マース』『スピード・オブ・サウンド』は世界中で大ヒットを記録した。思い返せば“元ビートルズのポール”という形容が必要なくなった唯一の時期だったかもしれない。

そんな時期のポールの姿を克明に捉えたのが'76年のUSAツアーを収めた映画『ロック・ショウ』である。

ここに映し出されているポールの姿は、ビートルズの時代も含めた全キャリアの中で最もまぶしく輝き、『夢の翼~ヒッツ&ヒストリー』のライナーノーツで和田唱(トライセラトップス)も言っているが、長髪でリッケンバッカー・ベースを構える姿はこれこそがロックスターだという雰囲気を醸し出している。個人的なことで恐縮だが、'90年の来日の時、至近距離でポールに遭遇したことがある。もちろん驚いて、嬉しかったことは確かだが、近寄りがたいようなスター然としたオーラはあまり感じなかった。でも、もしそれが'76年のポールだったら、おそらくわたしは失神していたであろう。それほど、この時期のポールは華やかである。

この『夢の翼~ヒッツ&ヒストリー』は「ヒッツ」と「ヒストリー」の2枚に分けられていて、「ヒッツ」にはその名の通りのヒットナンバーが、「ヒストリー」にはアルバムの中の名曲が収められている。

ドラマティックで華やかなロックスター、ポールを味わいたいのなら迷わず「ヒッツ」を、ポールのもうひとつの側面、地味な英国小市民的エッセンスを感じたいなら「ヒストリー」をお薦めしたい。

「ヒストリー」は、'70年代初期、自宅に引きこもって地味にレコーディングしたナンバーを中心に選曲されており、こちらは一転して手作り感覚になっている。曲調も切なくて悲しいものが多い。特にアルバム『ラム』は、最近になって中村一義山崎まさよしなどのアーティストから名盤と再評価されている。派手なときは徹底して派手に決める一方で、地味なときは素人か、と思うほどシンプルにしてしまう二面性。ここがポールの作風のカギであり魅力でもある。

改めて『夢の翼~ヒッツ&ヒストリー』を聴くとポールの大衆性と実験性や、アーティストのパーソナリティと芸術性が拮抗し合いながら融合しているバランス感覚の良さに驚かされる。それらの要素の
融合にこそ、きっと長年の間、ポップ・ミュージックの理想型とされている熟成のエッセンスが隠されているのであろう。

とは言え、もはやここではそんな難題をいとも簡単にクリアしてしまう“才”の暴走さえもが刻み込まれている。

ビートルズ時代から現在まで、ポールの曲は、そのバランス感覚の素晴らしさこそ特筆点だが、コマーシャリズムに走ったと非難された'70年代こそが、ポールの発想の豊かさ、そして作り出す音楽の幅広さを表していることがよく分かるからだ。

文●竹中吉人

ポールが生み出した歴史的名作
1970年

『マッカートニー』

EMI TOCP-3124 '70年
『マッカートニー』('70年)

英国デイリーミラー紙で「ポール、ビートルズ脱退」とのニュースが報じられたのが'70年4月10日。そのわずか1週間後の4月17日にリリースされたポールの初のソロアルバムである。
レコーディングは主に自宅で行なわれ、演奏もリンダのコーラスの他は全てポール自身が行なっている。いわば宅録の元祖的作品。中途半端な出来と当時は酷評されたが、聴きどころは多い。
ポール・ファンになるか否かの踏み絵的アルバムとされている。

(US:1位 UK:2位)

1971年

『ラム』

EMI TOCP-3125 '71年
『ラム』('71年)

このアルバムの名義はポール&リンダ・マッカートニー。ジョンがヨーコを必要としたように、ポールもそれに対抗するようにリンダを音楽のパートナーに抜擢した。
ビートルズ『ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)』のヴァリエイションの豊かさをひとりで演じてしまったかのようなユニークな発想に基づく幅広い音楽性を聴かせる。これもまた、当時の評価は低かったが、今聴き返せば、あきらかにポールの代表作であり、ロックの名盤であることを気づかせる。

(US:1位 UK:2位)

1973年

『バンド・オン・ザ・ラン』

EMI TOCP-3128 '73年
『バンド・オン・ザ・ラン』('73年)

一般的にポールの代表作といわれている名盤。
当時ポールは、好調に活動を続ける他の元ビートルズのメンバーに比べて、メディア及びロック・ファンから冷遇な扱いをされていたが、このアルバムはその風向きを一気に変えてしまうほど、大きな成果を促した。
ここからウィングス=ポール・マッカートニーの大進撃が始まる。
音楽的には、ポール独特のアマチュア的発想がここで大きく開花し、ポップでスリリングなサウンドを作り上げている。

(US:1位  UK:2位)

1975年

『ヴィーナス・アンド・マース』

EMI TOCP-3129 '75年
『ヴィーナス&マース』('75年)

ワールド・ツアーを前に、それを意識したポールが新しいウィングスのメンバーを引き連れてアメリカでレコーディングしたアルバム。
アメリカでは予約だけで200万枚のセールスを記録した。
SF、スペイシーをコンセプトに最初から最後まで息をもつかせぬロック絵巻を展開。コンポーザー、プロデューサー、ヴォーカリスト、ベーシストと、ポールはあらゆる面で最高の仕事をしており、才能と完璧主義が最もうまくかみ合った時期といっていいだろう。

(US:1位 UK:1位)

1976年

『ウィングス・オーバー・アメリカ』

EMI TOCP-5986~7 '76年
『ウィングス・オーバー・アメリカ』('76年)

'75年9月から'76年10月までの2年間で12カ国、64回の公演を行なったワールド・ツアー からアメリカ公演('76年5月~6月までの30公演で延べ60万人の観客を動員した)の模様をまとめたライヴアルバム。
アナログでは、当時としては異例の3枚組でリリースされた。
当時の最新ヒットにビートルズ・ナンバーを交え、ハード・ロックにポップ、フォーク、と巧みな構成で、ポールとウィングスの絶頂期のサウンドを余すところなく伝えている。

(US:1位 UK:8位)

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